第50話
雲一つない青空が湖に映りどっちが空でどっちが水面なのかわからない。とても美しい朝だった。
レティシアはツキと湖へ散歩に来ていた。
「あのね、ツキとはずっと一緒にいたいと思ってるんだけどね。」
レティシアは重い口を開いた。
「うん。」
ツキはその先の言葉が何なのかを察しているようだった。
「どうして魔族なんかに生まれてきちゃったんだろう。」
ツキは両手で顔をおさえてシクシクと泣いてしまった。
レティシアは泣きそうになるのを必死で我慢した。
「あのね、まだどうなるとかわからないし、もしかしたら帰ってこれるかもしれないんだ。何もわからないのに逃げてきちゃったからさ、きっと探してると思うんだ。ルルのお店にも迷惑をかけちゃうかもしれないしさ。」
レティシアはそこまで言って言葉に詰まった。
「おい!なんか変だぞ!」
二人が悲しい気持ちで沈んでいるとケンが突然騒ぎ出した。
「どうしたの?」
「カバンが光ってる!」
レティシアはそう言われてカバンに目をやると確かに光っていた。
レティシアはカバンに頭を突っ込んで光っている元を探した。それはツキがくれた金のブローチだった。
レティシアはカバンからブローチを取り出した。
「光ってるね。」
ツキは不思議そうな顔でブローチを眺めている。
「熱い!」
レティシアは金のブローチが発熱していることに驚き、地面に落としてしまった。
ブローチは白い雲のような煙のような何かに包まれた。
二人は驚いて声も出せずにそれをみつめた。
「やばい!くるぞ!!」
ケンは「逃げよう」と二人の上を飛びまわった。
二人はケンが怯えていることに恐怖をおぼえた。そして目を合わせ二人は思い切り走った。
しかし煙も追いかけてくる。
「待ちなさいよ!!クソガキども!!」
美しい声だったがとてもガラの悪そうな言葉が聞こえて二人は「ギャーー」と逃げ回った。
ツキは勇気を出して振り返り、戦闘態勢になった。
「やっつける。」
ツキは煙を睨みつけた。
「やれるものならやってみなさいよ。クソガキが。」
煙がシューッと音を立てて消えたかと思うと、そこには白いドレスを着た美しい女性が立っていた。
ツキは目を丸くしてその女性を眺めた。
「女神様?」
レティシアは歴史書で見た女神様がそこにいるように見えた。
「いかにも、私が女神様よ。崇め奉りなさい。」
女の人はそう言うと「オーホッホ」と高笑いをした。
二人はポカーンとなり、言葉が出なくなっていた。
「おい!こいつはヤバいぞ!早く!逃げるぞ!!」
ケンはぼーっとする二人を突いた。
レティシアたちはハッとして家の方に走った。
すると女の人はビューンと飛んできて二人の前に立ち塞がった。
「はぁ?逃げるってどういうこと??女神様が現れたって言ってんでしょ!」
女の人は怒っているようだった。
ツキはまた戦闘態勢になった。
「あんたみたいなクソガキにやれるわけないでしょ。」
女の人はまた高笑いしてツキを宙に浮かせた。
「ツキ?!!やめて!お願い!!」
レティシアはツキを降ろそうとしたがジャンプしても届かなかった。
「あんたたちさ、少しは人の話を聞こうとか思わないわけ?」
女の人はツキをゆっくりと降ろした。
レティシアはツキの前に立ち塞がり両手を広げた。
「女神様がここにいるわけない!騙されるな!!」
ケンは「逃げるぞ」と騒いだ。
「お前、精霊だろう?母に向かって何ていう口をきくんだ。」
ケンは女の人に操られるようにふわふわと移動して女の人の手の中におさまった。
「母ってなんだ?お前なんか知らない!」
ケンは体を動かせない様子でピーピーと抵抗していた。
「知らぬのか?精霊を創ったのは女神ぞ。」
女の人はそう言ってニヤリと笑った。
「あの、本当に女神様なんですか?もしかして、ブローチの精霊ですか?」
レティシアはおそるおそる女の人に問いかけた。
「私の名はアルフォーレ。その昔、この大地を創った女神だ。いかにもブローチに隠れていたわけだが、精霊ではない。精霊は私が創ったもの。いわば母じゃ。」
アルフォーレはとても美しい人だった。
金色のウェーブのかかった髪の毛はキラキラと輝き、肌は透き通るほど白く、青く澄んだ目は見る者を引き込みそうだった。
「あの、えっと。ブローチを勝手に自分のものにしてごめんなさい。返しますから、許してください。」
レティシアはブローチを探した。湖のほとりに落としてきてしまったのを思い出した。
「あの、探してきます!だからケンを離して!」
レティシアが走っていきそうなのを見るとアルフォーレは手を差し出して動きを止めた。
「ブローチはここにある。欲しいならやるぞ。」
アルフォーレはブローチを指でピンっと跳ね飛ばした。
レティシアはそれをしっかりとキャッチした。
「女神の私がわざわざ出てきてやったんだ。なぜなのか話を聞きなさい。これたからクソガキは嫌いだ。」
アルフォーレはブツブツ言いながら宙に浮いたまま足を組んだ。
レティシアとツキはそのままちょこんと地面に座った。ケンはふわふわとレティシアの膝の上に飛んできた。
「はい、よくできました。」
アルフォーレはニコッと笑った。
二人はそれがなんだか不気味に見えた。
「黒髪のガキよ、お前は魔族だな。」
ツキは「うん」と頷いた。
「人間と魔族がこんなに仲が悪くなるとは思わなかったわ。」
アルフォーレは「はぁ…」とため息をついた。
「こうなったのも元はといえば私のせいじゃ。ちゃんと創らなかった私の…。」
アルフォーレは表情をくるくる変えた。今は反省してるような顔をしている。
「お前たちの話は全部聞いておった。事情も理解した。二人は別の世界から来たのだろう?」
レティシアとツキは顔を見合わせた。
「よいよい、女神様にはすべてお見通しじゃよ。」
二人は小さく頷いた。
「そんな運命を持っているのに離れないといけない…。辛いな。お互いを思いやる心、美しいな。」
アルフォーレは空中に浮いたまま体でも気持ちを表現しているかのように大げさに振る舞っていた。
二人はポカンとそれを見ている。
「見知らぬクソガキどもを無視するのは簡単じゃった。しかしな、女神様としての優しい心がな、助けてやれと私を奮い立たせたのよ。」
アルフォーレはドヤ顔で二人を見た。
「私に任されよ。」
そう言うとアルフォーレはツキに向かって両手を向けた。ツキはキラキラと輝き出した。
レティシアは自分の魔法に似ていると思った。
「おい!ツキに何をする!やめろ!許さん!」
ケンはレティシアの膝の上で騒ぎ出した。
「うるさい精霊め!このありがたい慈悲がわからんのか!」
ケンはそう怒られて静かになった。
レティシアはシュンとするケンを撫でた。
「いいか?問題はこの子が魔族だってことだろう?私がそれを解決してやった。この子から魔族であるという痕跡をすべて消してやったぞ!」
「え?本当?!」
ツキは嬉しそうに立ち上がった。
「そんなこと、できるの?」
レティシアは何が起きているのかわからなくなっていた。
「私を誰だと思っておる?この世界を創った女神様ぞ。」
アルフォーレはそう言ってまたオーホッホと高笑いをした。
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アルフォーレは「疲れた」とだけ言ってすぐに消えてしまった。
残された二人は顔を合わせ、「夢?」と首を傾げた。
「あんなのが母だなんて嫌だ!許さん!」
自由になったケンはパタパタと二人のまわりを飛び回った。
レティシアは手の中にあったブローチを見た。
そこには葉っぱの模様があるはずだったのに今は女神の顔のような模様に変わっていた。
レティシアはそれをツキに見せた。
「怖いね。」
ツキは嫌な顔をしてブローチを見た。
「でも本当ならレティシアと一緒に行ける。私も魔力持ちだと言って捕まるよ。」
ツキはそう言ってニコッと笑った。
レティシアはそれが正しいのかわからなかった。
そもそも魔族だとどうやって判別してるのかわからないし、誰にその判別がつくのかもわからない。
試してみるにはリスクがある。
「ハンナのところに行こう。」
レティシアはツキの手を握った。
ツキは「うん」と頷いた。
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