第5話
《私って本当にポンコツね…》
レティシアは前世でまわりからそう言われていたのを思い出してため息をついた。
レティシアは暇さえあれば魔法を使おうと魔導書に書かれているとおりにやっていた。
しかし光の玉を作れるようになったくらいの進歩しかなかった。
「レティはまだ子供なんだから、焦っちゃだめよ。」
ルルはとてもポジティブだった。
レティシアは必ず魔法が使えると信じていた。
そんなルルを見ていたレティシアは期待に応えようと一生懸命だった。
前世の記憶をたどると、似たようなことが思い出された。
何かに夢中になるのだけれど、なかなかうまくできない。
料理や手芸を特技にしたくて頑張っていた時期もあったが、どれも上手と言えるレベルにはならなかった。
勉強も運動も努力ではどうにもならなかった。
運が少しだけ良くて、それに助けられて生きてきたという自覚があった。
その運も尽きたようで前世では若くして死んでしまったのだが─。
レティシアは魔法の特訓に疲れて芝生の上に大の字になった。
見上げた青空には雲一つなかった。
穏やかな時間が流れている。
前回ゴルに襲われてから魔物という魔物は出てきていない。
カイが言うにはゴルを恐れた魔物たちが逃げて遠くに行ってしまったのではないかということだった。
レティシアはまた魔物が出てきたら魔法が使えるんじゃないかと淡い期待をしていたが、そうではなかったら怪我どころでは済まない。
冗談でも「魔物出てこないかな」なんて言えなかった。
レティシアは芝生の上をゴロゴロと転がった。
意味なんてない。
言葉にできない感情を持て余した結果、ゴロゴロと無駄に転がっただけだった。
「我慢の限界だわ!!」
急にどこからか聞いたことのない少女の声がした。
レティシアはゴロゴロ転がるのをやめて起き上がった。
「誰かいるの?」
レティシアはおそるおそるキョロキョロと辺りを見回した。
少し離れた木の下にレティシアと同じくらいの年齢の少女が立っていた。
「あなたは誰?どこから来たの?」
レティシアは警戒することもなく、その少女の方へと歩み寄った。
「私のことはどうでもいいわ。それよりもあなたよ。いつになったら魔法が使えるようになるのよ!」
黒髪おかっぱ頭で黒いワンピースを着た少女がそこにいた。
なぜかとても怒っている様子でレティシアはキョトンとしてしまった。
「どうして魔法のことを知ってるの?」
レティシアにしては的を得た返答だった。
少女はハッとしてくるりと後ろを向くと走り去って行ってしまった。
レティシアは追いかけたが柵のところまで行くと少女はピョンと飛び越えて行ってしまい、すぐに見失ってしまった。
柵の向こうに行くと怒られるのでレティシアはそれ以上追いかけなかった。
《夢でも見たのかな》
レティシアの背丈よりも高い柵を同じくらいの少女が軽々と飛び越えて行くのはおかしい。
試しにジャンプしてみたが柵の1番上の板に手が届くくらいだった。
「何をしてるの?」
ルルが不思議そうに首を傾げてやってきた。
「ルルはこの柵をピョンって飛び越えられる?」
ルルは運動神経抜群だったからもしかしたらできるかもしれないとレティシアは思った。
「さすがに無理かな。簡単に越えられるような柵なら意味がないでしょ?」
そう言われてレティシアは納得した。
そして幻でも見たのだろうと結論を出した。
《うまくいかないストレスだわ》
レティシアは情けなくて大きなため息をついた。
ルルは何かを察したように「帰ろう」と優しく手を差し出した。
レティシアはルルの手を取り、二人は手を繋いで家へと向かった。
────
いつもと変わりのない日だった。
カイは狩りから帰り、獲物をケリーに渡す。ケリーはそれをきれいに解体する。
ルルは畑の野菜を収穫していた。
レティシアはそれらをぼんやりとみつめていた。
今日も魔法の特訓はうまくいかなかった。
「人が大勢来るわ!!」
聞き覚えのある声がしてレティシアは後ろを振り返った。
「あなたは…。」
先日レティシアの前に現れた黒髪の少女がそこにいた。
「きっと敵でしょ?そうよね?」
黒髪の少女は慌てふためいている。
カイたちがそれに気がついてやってきた。
「お嬢さん、どういうことだい?」
カイがそう尋ねると少女は順番に説明するといい、話だした。
「隣の大きな国からたくさんの人が廃墟になった町にやって来たの。建物を壊したり、木材を運んできたりしてたわ。」
「ほぉ、町を再生するつもりなのかな。」
カイは険しい顔になり、ケリーの方を見た。ケリーもまた険しい顔をしていた。
「それで木材が足りないとかで森に行くって。ここがみつかっちゃうよ…。」
黒髪の少女はそう言うと泣き出しそうになった。
「みんな急いで家を出る準備をしなさい。俺は家畜を放してくる。」
いつも温和なカイが怖い顔でそう言った。
ケリーもルルも無言で頷き家に向かった。
「お嬢さんありがとう。君も一緒に来るかい?」
優しい表情に戻ったカイは膝をついて黒髪の少女に目線を合わせた。そして優しく涙を拭った。
「私は…。えっと…。」
レティシアはモジモジしている黒髪の少女の手を取った。
「あなた、一人なの?それなら一緒に行こう。」
レティシアは怖くて震えていた。震えながら作り笑顔を見せて黒髪の少女の手をぎゅっと握った。
黒髪の少女は一瞬ハッとして、それから小さく頷いた。
「よし、行こう。」
カイは二人を抱きかかえると急いで家の方へと走った。
────
必要最低限の荷物を荷車に積み込み、5人は静かに町と反対方向に進んだ。
数頭飼っていたヤギは連れて行くのは危険だとカイは柵から出して逃した。
どこからか木を倒すようなバキバキという音と土埃が上がっているのが見えた。
「急ごう。」
レティシアと黒髪の少女は荷物と一緒に荷車に乗せられ、振り落とされないようにしがみついていた。
少し進んだ頃、後ろから黒い煙が見えた。
「家、燃やされたみたいだね。」
ルルは悲しそうにそう呟いた。
「隠密の結界はとっくに切れていただろうからね。しかたないわ。」
ケリーは苦笑いをしながらそう言った。
「結界?」
レティシアが不思議そうにルルを見るとルルは説明を始めた。
「うちは代々隠密として城に仕えていたんだよ。私が城にいた頃もあの家は城の魔術師によって結界を張ってもらっていたんだよ。見えるはずなのに見えないっていう魔法でね。定期的にかけないと効果がなくなっちゃうものなんだ。」
「そうなんだ…。」
レティシアはいろんなことを思い出して少し悲しくなった。
カイは荷車を押すスピードを緩めず、黒い煙はどんどん小さくなり見えなくなった。
辺りは暗くなり、少しの先も見えなくなってきた。
「あそこに小川があるわ。この辺で野営しましょう。」
ケリーはチョロチョロと流れる小川を指差した。
森の中は木が密集して生えているので月明かりも届かない。
小川の上は少し開けていて、月明かりで水面がキラキラと輝いていた。
カイはすぐに薪を拾い集め、火をおこしてくれた。
ケリーは鍋や食材を出して料理を始めた。
ルルはレティシアと黒髪の少女を大きな岩に座らせた。
「さてお嬢さん、あなたは一体何者なのかな?」
ルルはニコッと笑って黒髪の少女に問いかけた。
「私は、えっと…。名前は…ありません。」
黒髪の少女は悲しそうにうつむいた。
「親は?ずっと一人なの?」
「お父さんはわかりません。お母さんは私が小さいときに死にました。」
「そんな…。」
ルルは言葉を失ったようだった。
黒髪の少女はあまり話したくないようだった。
「名前がないと不便だよね。好きな名前つけようよ!」
レティシアがにっこり笑ってそう言うと、
「あなたがつけて。」と、黒髪の少女は真剣な眼差しでレティシアを見た。
「私が??いいの??」
黒髪の少女はゆっくりと頷いた。
レティシアは「うーん」と目をつぶり考え出した。
すぐには決められない様子だった。
「レティ、重大なお仕事ね。」
ケリーは笑いながらスープの器をみんなに配った。
「手のこんだものは無理だけど、スープで身体を温めましょうね。」
みんな疲れていて口数が少なかった。
手でちぎった野菜と干し肉が入っただけの粗末なスープだったがみんなは温まり、疲れが癒えるようだった。
あの後どうなったのか、みんな気になっていただろうがその話をする者はいなかった。
「よし!あなたの名前はツキにする!」
スープを飲み終えたレティシアは立ち上がりそう言った。
「ツキ…。私の名前はツキ。」
黒髪の少女の表情がパッと明るくなった。
《本当は黒猫っぽいから某アニメのキャラのルナにしたかったんだけどね》
レティシアはルルとかぶりそうなので、ルナの月からツキという名前を選んだ。
「ツキ、よろしくね!」
ルルはツキに右手を出した。
ツキは恥ずかしそうにルルの右手をとり、握手をした。
「よろしくね!」
レティシアも二人が握手している手の上に手を乗せた。
カイとケリーはそれをにこやかに見守っていた。
大変なことがあったのに、その場は月明かりに照らされてキラキラと穏やかな時間が流れていた。
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