第46話
湖畔の家に急にハンナが瀕死の男を連れてやってきた。
その男はレティシアの兄、滅亡したピーツ国の王子だという。
レティシアたちは何があったのか話を聞いていた。
「最初は見てもわからなかったの。大きくなられたし、髪の毛もボサボサで…。でもね、目が合った瞬間にわかったの。」
ハンナはとても嬉しそうにその話をした。
「僕はすぐにハンナだってわかったよ。でも今さら話しかけても迷惑になるかなって…。だから話しかけなかったんだ。」
ハンナは「迷惑なんてことありません!」と怒った。
「騎士団として敵地を偵察してこいって言われてね。そんなことしたこともないのにさ。案の定、敵にみつかってさ、死ぬかと思ったよ。相手はバンバン魔法を使ってくるんだもん。ズルいよね。」
レオハルトはため息をついた。
「私がすぐに駆けつけて治癒魔法をかけたんです。でも治すことができなかった…。レオハルト様には呪いがかけられていたのです。誘拐されたときに、魔族の者によって…。
それを解除できる人は限られています。私はレティシア様なら解除できると確信していました。だからここに飛んできたのです。」
ハンナは少しドヤ顔をした。
レティシアは喜ぶべきなのかわからなくて複雑な表情で笑顔を作ろうとした。
「レティ、変な顔。」
ツキはそう言ってクスクス笑っていた。
「レティシアに謝らなくてはいけない。」
レオハルトはレティシアの手を握った。
「君が生まれてすぐに母上が亡くなったんだ。僕は母上のことが大好きでね。だからレティシアが生まれたせいで死んだって…その時はそう思ってしまったんだ。だから…。僕はレティシアを妹だって認めなかった。会いにも行かなかった。
父もそんな僕を可哀想だと思ったのか、君に会いに行くことはなかった。
すべて僕のせいだ。僕のせいでレティシアは父に会えずに終わってしまった…。」
握っている手に涙がポタリと垂れた。
レティシアもいつの間にか泣いていた。
誰もレティシアの母親の話をしなかった。
聞いてはいけないことなのだと思って、レティシアは誰にも聞くことはなかった。自分を生んで死んだなんて、そんな悲しい話、誰も話したがらないわけだと納得した。
父も兄も会いに来てくれなかったのはそういう事情があったからだった。
レティシアは思考が追いつかなくなって泣きじゃくってしまった。
外はとっくに夜になっていた。
「部屋を用意しますから、今日はこのくらいで休みませんか?」
ケリーはニッコリとレオハルトに言った。
レオハルトは「助かります」と言ってレティシアの頭を撫でてゲストルームの方へ行った。
ルルはレティシアを抱きしめて「びっくりしたね」と頭を撫でていた。そのうちルルも泣いてしまい、それを見たツキも泣いてしまった。
「あらあら。」
ケリーは「今日は3人で寝たら」と言って3人をギュッと抱きしめた。
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レティシアはなかなか眠れず、寝不足だった。
昨日は晩ご飯も食べずに寝てしまい、お腹がぐぅぐぅ鳴って目が覚めた。
食卓にはすでにハンナとレオハルトがいて、もりもりとパンやハムを食べていた。
「お先に失礼してるよ。」
レオハルトはにこやかにレティシアに声をかけた。
レティシアは頷くのが精一杯だった。
ハルという剣士のときとかなり印象が違う。到底同一人物とは思えない。
それはツキも同じ考えのようだった。
二人は隠れるようにしてレオハルトを観察した。
「どっちが本当の姿なのかな?」
ツキはそう言ってジーッとレオハルトを睨みつけた。
「ツキっていったよね。ハンナから話は聞いてるよ。」
ツキはレオハルトに声をかけられてビクッとした。
「いつもレティシアを助けてくれてるって聞いたよ。本当にありがとう。」
「別に、あなたにありがとうされることじゃないわ。」
ツキはフンッと言って逃げていってしまった。
レティシアは取り残されて、レオハルトと目が合ってしまった。レオハルトはおいでと手招きしている。
レティシアは渋々食卓についた。
レティシアが座るとすぐにツキも戻ってきた。
ツキは明らかにレオハルトに対して敵意を持っているように見えた。
「ごめんね。僕がレティシアを泣かせたから、ツキは怒っているんだよね。」
レオハルトは申し訳なさそうにそう言った。
ツキはフンッとそっぽを向いた。
「こら、ツキ!ごめんねされたらどうするかわかってるよね?」
ケリーはツキに怒ったようにそう言った。
「レティシアを泣かす人は嫌い。」
ツキはそう言って皿の上のパンにハムを乗せて、手に持つとどこかに行ってしまった。
「レオハルト様、申し訳ありません。普段はこんなことするような子じゃないんですが…。レティのことが大好きで。」
ケリーは困ったように言い訳をした。
「いいえ、いきなりこんなのが現れて大事な人を泣かせたら誰でも怒りますよ。」
レオハルトはそう言って苦笑いした。
「ねぇ、ハルは偽物?それともこっちが偽物?」
レティシアは勇気を出してそう聞いてみた。
「試合を見てくれていたんだね。」
レオハルトはそう言ってニコッと笑った。
「僕がレオハルトだって知ってる人がいないとも限らない。僕が没落した国の元王子だなんて知られたくなかったからね。できるだけ別人になりきってたんだよ。あ、フラフラしていたのはお腹が空いていたからで…。お金がなくてね…。まぁ、見た目も自然とボロボロになってたっていうか…。恥ずかしいな。」
レティシアはそれを聞いて少し可哀想になった。
「そういえばあの試合のときに僕に浄化魔法をかけたのはレティシアかい?ハンナだとばかり思っていたけど…。」
「ヒギンズが爆発したときのはレティシア様ですよ。私にはきっとできなかったと思います。力不足で申し訳ありません。」
ハンナは頭を下げた。
「いやいや、ハンナにはたくさんお世話になって感謝しかないよ。」
レオハルトはレティシアの方を向いてゆっくり言った。
「レティシア、何度も僕を助けてくれてありがとう。」
レティシアはまっすぐに見つめられて恥ずかしくなった。
「レティシアの瞳は僕と同じだね。母上と同じ色なんだよ。髪の毛もオリーブ色で母上にそっくりだよ。」
レオハルトはそう言って懐かしむような少し悲しい笑顔になった。
レティシアはこの世界の家族を恋しく思ったことはなかった。
ルルやカイやケリーやツキが、いつもそばにいてくれたからだ。
でもこのレオハルトという男は母親を奪われ、父親を奪われ、ひとりぼっちにされて、さぞ悲しい思いをしただろうとレティシアは思った。
「私はレティシア様じゃない。ただのレティだよ。あなたもレオハルト様じゃない。ただのハルでしょ。」
ハンナは立ち上がり何かを言おうとした。
レオハルトはそれを止めて「そうだね!」と大きな声を出した。
「僕は剣士のハルで、君は…えっと…」
レオハルトは悩んでこう言った。
「君は女神のようなレティだ!」
カイとケリーはそれがおかしかったようで吹き出してしまった。
「女神は言いすぎですよ。レオハルト様…。」
ケリーはお腹を抱えていた。
「僕のことはハルとお呼びください。敬語も不要です。だって僕は王子でも何でもない、ただのハルですから。」
レオハルトは吹っ切れたようないい顔になっていた。
レティシアはそれを見てこれが自分の兄か、と実感した。
心がザワザワしていたのは、二人の間にある何かを感じたからかもしれないとレティシアは思った。
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朝ご飯が終わるとハンナは騎士団の駐留地に戻ると言った。
回復が使える魔法師は他にもいたが、数が少ないからということだった。
レオハルトは行きたくないと駄々をこねていたがハンナに空飛ぶ馬に乗せられてしまった。
「レティ、ツキ、もしかしたら二人が必要になるかもしれない。その時は助けてくれるかしら?」
ハンナは真剣な顔でニ人を見た。
二人は目を合わせ、それからハンナを見て「うん」と言った。
ハンナは笑顔になり、空へと消えていった。
「レティもツキも戦場になんか行かせないけど!!」
ルルは遠ざかるハンナに向かって叫んでいた。
その姿がおかしくて、レティシアとツキはクスクス笑ってしまった。
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