第31話
未開の地だったタルの町の向こう側にある山の麓に立派なログハウスが建った。
この世界に飛行機やヘリコプターがあればすぐにみつかってしまっただろう。
湖の横に建物があるのは目立ちそうだった。
魔法で空を飛ぶ人も存在しているので目隠しが必要かもしれないと朝食の時にカイが言った。
「屋根を木で覆う?」
ケリーがそう言ったのでレティシアは子供のときに持っていたオモチャを思い出した。それは木の形をした家で、すべり台がついていた。
レティシアは結界を張ることができるが、本当に効果があるのか自信がなかった。自分のポンコツさを誰よりもわかっているからだ。
もちろん《誰にもみつかりませんように》と祈ってはある。
魔法を使ってもキラキラとしなくなったのでイマイチ実感がない。
ツキはとりあえず屋根の上に葉の茂った枝をたくさん置いた。
カイはそれをロープで上手に固定していった。
とりあえずはまわりの木と馴染んだようで遠くから見てもここに家があるとは気がつかないだろう。
────
ツキはケリーとカイの言うとおりの木材を用意した。
二人はツキが切りそろえてくれた木材で家具を作った。
今日からやっとベッドで眠れるとルルは喜んだ。
レティシアとツキは家の中で小さなテントのように布を吊って、秘密基地ごっこをしていた。楽しかったのになぁと少し残念がった。
ツキは狭い場所が好きなようで「落ち着く」とぐっすり眠っていた。
それを見てカイはツキの部屋に小さなテントを設置してあげた。
ツキは中に毛布を持ち込んで丸まって入った。ツキはとても喜んでカイに何度もありがとうと言っていた。
こうして家の中がやっと家らしくなってきた。
ケリーはキッチンに、集めていた調味料たちを並べ、カイは1階の空き部屋に工具を並べ作業部屋にした。
ルルは気がつけばまたいなくなっていた。
レティシアはツキと魚釣りに行くことにした。
レティシアは餌になる虫を探し、ツキはそれを不思議そうに眺めた。
「ビリビリってやったら浮いてくるよ?」
「それじゃあ釣りを楽しめないでしょ。」
ツキはレティシアの言っている意味がよくわからないようだった。とりあえずレティシアが一生懸命なので黙って見守っていた。
「ツキもやってみて!」
レティシアはカイに作ってもらった小さな釣り竿をツキに渡した。
ツキは言われたとおりに針に虫をつけて湖の中にポタリと降ろした。
するとわりとすぐに魚がかかった。
「わぁ!ツキ、すごい!持ち上げて!」
ツキはとても大きな魚を釣った。
「サーモンみたいな魚だね!」
レティシアの言葉にツキは首を傾げた。
「えっと、おにぎりとかに入ってるオレンジ色っぽい魚だよ。」
「あぁ!おいしいやつ!」
ツキは喜んだ。魚ならなんでも喜ぶツキだったが、サーモンのことは「あれ!好きなやつ!」と喜んだ。
「お刺身で食べたいよね。」
「生ってことだよね?食べたいね。」
二人はサーモンをみつめた。
急いで家に帰り、ケリーに生で食べたいと言ってみた。
「だめよ。魚には寄生虫がたくさんついてるの。お腹を壊しちゃうわ。」
ケリーにそう言われて、レティシアは小さいニョロニョロした寄生虫を思い出した。
「冷凍すれば死ぬと思うけど…。」
レティシアはそう言ってこの世界に冷凍庫がないことに気がついた。
「冷凍って凍らせるってこと?」
ツキは目を輝かせてレティシアに詰め寄った。
「そうだよ。寄生虫は冷凍したら死んじゃうから。」
ツキは任せてと言って魚に向かって手をかざした。
「水魔法の応用で氷になるよ。」
魚は一瞬でカチンコチンになった。
「わぁ!ツキすごいよ!これでお刺身が食べられるね!」
ケリーは半信半疑で半解凍になった魚を捌いてくれた。
「少し凍ってるくらいのほうが切りやすいのね。」
ケリーはレティシアの言うとおりに切ってくれた。
「わぁ!お刺身だ!」
そこまで言ってこの世界に醤油がないことに気がついた。
レティシアはあからさまにがっかりした。
「どうしたの?」
ツキはそんなレティシアを心配した。
「ほら、お醤油がないでしょ。」
レティシアはツキにだけ聞こえるような小声で答えた。
「あの黒いやつか。」
ツキはそう言って少し悩んだ。
そしてカバンから空っぽの瓶を出して目をつぶった。
「食べたことがないから間違ってたらごめん。」
ツキはそう言うと瓶に入った黒い液体を渡した。
「え?お醤油?!」
レティシアは小声で驚いた。
そして指につけて舐めてみた。それは間違いなく醤油だった。
「商人にもらったと言う。」
ツキはこの世界のことをわかってきていたようでレティシアは少し嬉しかった。
そしてお昼にみんなでサーモンを刺し身で食べた。
「こんなに美味しいとは思わなかったなぁ。」
カイはとても気に入ったようだった。
「冷凍庫があればいいのにね。」
この世界には冷蔵庫は魔導具としてある。しかし冷凍までしようと思う人がいなかったようだ。
「作る。」
ツキはそう言うと蓋付きの木の箱をカバンから出して目をつぶった。
「できた。」
レティシアは半信半疑で木の箱を開けた。すると中から冷気が出てきたのである。
「すごいな!ツキ!!そんなこともできるのか!」
カイは「冷たいな」と喜んでいた。
「これでいつでも刺し身が食べれる。」
ツキはそう言うとニヤリとした。
冷凍庫もアイテムボックスのようになっていて大きなものも入れることができた。
これで生の肉を長期保存することができる。
カイは「狩りに行こう」と言ってツキと出かけていってしまった。
レティシアは一人になり、先日買った本を読むことにした。
古い革の表紙のとても重たい本だった。
レティシアはケリーが作ってくれたふわふわの獣の毛で作ったラグの上に寝そべった。
本を開くと小さな文字がずらーっと並んでいて、見ているだけで頭痛がしそうだった。
レティシアはここで諦めてはいけないと頑張って読むことにした。
最初のページには地球は丸いというようなことが書いてあった。
この世界にも冒険をして世界を一周した人がいたらしい。その人がいかにすごい人でどんな大変な目に遭ったのかが物語のように書かれていた。
"彼の名前はケン・タク・クァクゥラ、32歳の時に小さな船で出発した。今から1000年前の話である。"
ケンは15回ほど嵐に遭い、何度も船を壊している。
しかし死ぬことはなく、約18年をかけて世界を一周したと書いてあった。
レティシアは18年間ひとつのことをがんばれるなんてすごい人だと単純に尊敬した。
その瞬間、本から煙が出てきた。
レティシアはびっくりして本を閉じた。それでも煙が出てくる。
レティシアはパニックになり、本に浄化の魔法をかけた。
本はみるみるうちにきれいになり、まるで新品のようになった。
煙が出てこなくなったのを確認して、本をゆっくり開いてみた。
「何するんだよ。」
開いた本から声が聞こえて、驚いたレティシアはまた勢いよく本を閉じた。
《本が喋った?》
レティシアは怖くなり、近くにあった布で本を包んだ。
本はガタガタと動いていた。
レティシアの頭の中に心霊現象や悪魔など、ホラー映画で見たような記憶が蘇った。
「神様仏様!お助けください!」
レティシアはわけもわからずに夢中でそう叫んでいた。
本は動きを止めて静かになった。
レティシアは怖くて近づくことができないでいた。
「許さん…」
また本から苦しそうな声が聞こえてきた。
《古い本だから幽霊がついてたのかも》
レティシアは少しずつ本から離れた。
あともう少しでドアから出られそうなところまで来たときに開いていたドアがバンッと閉まった。
「キャーーーー」
レティシアは思わず悲鳴を上げてしまった。
本はゆっくりと浮き上がった。
レティシアは怖くて動けず、声も出せなくなっていた。
布がするりと落ち、本は空中でふわっと開いた。
そして中から何かが出てきた。
レティシアは怖いのにそれから目が離せなかった。
本から現れたのは2頭身の小さいおじさんだった。
「おじ…さん…?」
レティシアは思わず声に出してしまった。
それはレティシアを睨みつけた…ように感じた。
よく見るとそれはとても愛くるしい姿をしていた。
「誰がおじさんだ!!俺様はまだ52歳だぞ!!」
《いや、おじさんやんっ!》
レティシアは思わず心の中でツッコミを入れてしまった。
レティシアは立ち上がり、小さなおじさんを両手で捕まえた。
「あなたは誰?私はレティだよ。」
レティシアはそう言ってニッコリ笑った。
「俺様は、かの有名な偉人、ケン・タク・クァクゥラだ!」
レティシアの両手の中で「離せ」と、もがいている。
「ケンさん、よろしくね。」
レティシアはケンをギュッと掴んだまま外に向かった。
「ケリー!!捕まえた!何か、変なやつ!!」
ケリーは牛舎のまわりの柵を補強していた。
「そんなに慌ててどうしたの?」
ケリーはレティシアが掴んでいるものに目をやった。
「ケンなんとかって名前の何か。」
「ケン・タク・クァクゥラだ!!」
レティシアはそれがおかしくてクスクス笑った。
「え?いや、なにそれ?」
ケリーは見たことのないモノをレティシアが掴んでいることに驚き、パニック状態になった。
「本から出てきたの。魔物だよね?掴めてるから幽霊じゃないと思うんだけど。」
レティシアは改めてケンを見た。
見れば見るほど愛嬌のあるかわいい見た目をしている。
「レティ、よく聞いて。魔物は人の言葉を話さないわ。もしかしたら何か悪いものかもしれない。」
ケリーは険しい顔になり、「湖に捨ててきなさい」と言った。
「えー?こんなにかわいいのに?」
ケリーはケンをよく見て「確かにかわいいけど」と言った。
「湖に捨てるだと?!許さん!!」
ケンは小さな手で掴んでいるレティシアの手をペチペチ叩いた。
ケリーは蓋付きのかごを持ってきてそこに入れるようにレティシアに言った。
レティシアは逃げられないように慎重にケンをかごに移した。
「俺様を捕らえてどうするつもりだ!さては魔族だな!!許さん!!」
かごの中でピーピーとケンは騒いだ。
レティシアとケリーはしばらくその様子を観察した。
「確かにかわいいわね。何かしらこれ?」
「わからないけど魔法が使えるみたい。」
レティシアは本を浮かせたこととドアを閉めたことを話した。
「でもこのかごからは逃げられないのね。」
レティシアはかごの蓋をしっかりと押さえていた。
「許さん!!ちくしょー!」
レティシアは何か変なものを捕まえてしまったようだ。
────




