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第29話

カイの馬車はタルの町を迂回してまっすぐ山の方へと向かった。

ルルは名残惜しそうに遠くに見えるタルの町を眺めた。


ツキは御者の席に座り、カイの横で前方に出てくる魔物を魔法で倒した。

ケリーは魔石を回収したいといったが、それは明日明るくなってからにしようと言われ諦めた。

もうすぐ夕方で、夜になる前に野営の準備をしたかったからである。


カイは向かう場所に当たりをつけていた。

山の麓にある小さな湖のある場所だ。

カイの持っている地図には載っていなかったが、ツキが作っている新しい地図には湖があった。


かなりの山奥なので人が訪れることのない土地なのだろう。

道もないのでツキは木を伐採しては収納していくという荒技を見せた。

でこぼこ時々穴も開いている。その度に土魔法で補強した。

「ツキ、疲れていないかい?」

カイは手綱を持ちながら隣のツキを心配した。

「全然疲れてない。とても楽しい!」

ツキはニコニコして道を切り開いた。


レティシアは《魔物さん、今は出てこないで》と祈った。

ツキの負担を少しでも減らしたかった。

レティシアの光属性にも攻撃魔法がある。

ハンナはそれを見せてくれたがレティシアにはまだうまく使えない。

ネズミを倒したときの雷のような魔法もそれだが、レティシアには自分の意志で自由に出すことができない。

ツキの浄化に全振りだったので、これから特訓するつもりだった。


レティシアの祈りが通じたのか、特に問題もなく湖までたどり着けることができた。

人の手の入っていない湖は夕日に照らされてとても美しかった。

みんなはその景色に一目惚れして「ここしかない」と家を建てる場所はすぐに決まってしまった。


ケリーはすぐに図面を描き出した。

ルルは横で食事の準備に入った。

ツキはカバンから外で使っていたテーブルや椅子を出して設置した。

カイはテントを張り、レティシアはこの辺り一帯に結界を張った。


日が沈み暗くなった。

空には満天の星があった。湖に反射してキラキラと輝いている。

みんなはその美しい景色を黙って眺めた。

ここに家を建てると考えるだけでみんなワクワクした。


────


翌朝、みんなは早起きをした。ワクワクして眠っていられなかったのである。ルルだけは例外で早くタルに、マイトに会いたいと言う感じを前面に出していた。


カイは見兼ねて、「午後に買い出しに行こう」とルルに提案した。ルルは喜び、午前中は張りきって作業に没頭した。


ツキはまず家と畑や小屋を建てる場所を整地した。

指先一つで変わっていく景色をレティシアは口を開けて見守るだけだった。

整地が終わるとケリーはルルと一緒にカバンに入っていた動物たちの小屋を出そうとした。

流石にできなくてツキに小屋を出してもらっていた。

そこまでやってもらったらケリーたちは柵を立て、動物たちを出した。

みんな元気で変わりない。

湖の水はとても澄んでいた。ルルはバケツですくい、動物たちの桶に水を入れた。


ケリーは魔石を回収しに行くと言ったが、いつ魔物が出てくるかわからないので後回しにすることになった。

ツキにはやることがたくさんあったからだ。

カイは疲れていないか心配で何度も聞いた。その度にツキは「楽しい!元気!」と木を倒し、家の土台になるよう大きな木を地面に突き刺した。


カイは家のアクセントにもなると言って喜んで追加で数本土台の木を刺してもらった。

木を加工して組み立てていく。

ツキは嬉しそうにその作業を楽しんだ。


お昼が近づき、カイはみんなでタルの町でご飯を食べようと言った。

みんなは着替えて馬車に乗り込んだ。

道がまだ走りにくかったが馬車で20分ほどで着くだろうとカイは言った。


進みながら倒れている魔物をみつけるとケリーは止まるように言った。

魔石を回収するためだ。ルルが「そんなものいいから先に進もう」と言ったがケリーは譲らなかった。

見かねたツキが魔物をみつけるたびに魔法で先回りして魔石を回収した。

「本当に魔法って便利ね!ツキありがとう。」

ケリーは喜び、ルルの機嫌も直った。


そんな寄り道をしていてタルの町まで小一時間かかった。

カイはまっすぐメルラの宿の裏の厩舎に向かった。

「数時間預かってもらえるかな?」

「かしこまりました。」

ロンはカイを覚えていて、にっこり笑って手綱を受け取った。メルラに隠れていた頃のロンを思い出してレティシアは少し面白かった。


5人はまっすぐ宿の隣へ食事をするために向かった。

少し遅い時間だったのでいつもの賑わいはなかった。

「いらっしゃいませ!今日はみなさんお揃いですね。」

ライはいつものマダムキラースマイルで迎えてくれた。

「本日のおすすめは魚介出汁の小麦麺です。」

ライはそう言ってメニューを置いていった。

店の中にはレティシアの知っているいいにおいが充満していた。


《これはきっとあれだわ!うどんよ!!》

レティシアは本日のおすすめが食べたいと言った。

レティシアがあまりにもすごい勢いでそう言ったから、みんなもなんだかそれがいいような気持ちになった。

「おすすめ5つですね!少々お待ちください。」


「どんな料理なのかしら?楽しみね。」

ケリーも好きなにおいのようだった。

ツキを見るとよだれを垂らしていた。ツキの好きな魚を使った料理だからだ。


到着したそれはレティシアの想像していたそれにかなり近いものだった。

具はほうれん草のような野菜と魚のカツレツのようなものが乗っていた。


この世界にはレティシアの知っている醤油はない。しかしどことなく似ている調味料があった。

「変わった味付けだけど美味しいわね。」

レティシアは上に乗っていたカツレツをツキにあげた。

「いいの?!」

レティシアにはそれが邪魔だったから問題ない。

「ツキ、好きでしょ。」

ツキはウンウンと頷いて嬉しそうに食べた。

レティシアもなんだか懐かしい気持ちになって食べた。


────


満腹になった一同はハンナの薬屋を訪れた。

感謝を伝えるのと今後の報告をした。

ルルは貴族街の方をじっと眺めていた。

マイトが偶然にでも出てこないかと淡い期待をしていた。


この世界には電話もスマホもない。

人々は一体どうやって連絡を取り合っているのだろうかとレティシアは不思議だった。

ほとんどの場合、直接会うことが多い。あとは手紙が一般的である。

レティシアは不便だなぁと常々思った。


魔法を使える人ならホウキにでも乗って空を飛べばいいじゃないかと思ったが、そういうものでもないらしい。

なかなかアニメのようにはいかないようだ。


ハンナはツキをじっくり眺めて「大丈夫みたいね」とニコッと笑った。

ツキはそれが嬉しかったようでハンナの手を握り「ありがとうございました」とわざわざ言った。

ハンナは一瞬ギョッとしていたが「別にたいしたことはしてないわ」と照れていた。

意外とツキのことを気に入っているのではないかとレティシアは思った。


ハンナの店を出て、各々買い物をすることになった。

カイは窓に使うガラスを入手すると言って資材屋さんに行った。

ケリーは食料品を見ると言って市場の方へ行った。

ルルは貴族街への門が見えるところから動こうとしなかった。


「ツキ、何かほしいものある?」

レティシアはツキなら「魚」と言うのではないかと予想していたがそうではなかった。

「本が欲しい。」

ツキは恥ずかしそうにそう言った。


本と言えば家には魔導書が1冊あるだけだった。

「そうね、私もこの世界のことを勉強したい気持ちだったわ。」

二人は本屋を探すことにした。


────


本屋は商店街に当たる場所の端っこにあった。

少し薄暗くて入りにくい雰囲気だった。

二人は覚悟を決めて「こんにちは!」と店内に入って行った。


「いらっしゃい。」

中には小さなおばあさんがカウンターのところに座っていた。

「すみません、歴史書みたいな本はありますか?」

おばあさんは二人を見て一瞬ビクッとした。


「なんだい、絵本がほしいのかい?」

「いいえ、歴史書です。教科書みたいな本でもいいです。」

レティシアは子供が二人で買いに来たことを驚いたのだと思った。


おばあさんはカウンターから降りてきた。

「お前たちはもしかして…。いや、この世界のことを知りたいんだね?」

レティシアは「はい」と返事をした。

おばあさんは店の中から何冊かピックアップしてくれた。

ツキはその間にかわいい絵のついた児童書のような本を数冊選んだ。


「この世界について書かれている本はこのあたりだね。大人にも難しい本だが、こんな本が欲しいのかね?」

「少し見てもいいですか?」

おばあさんは「どうぞ」とレティシアに差し出してくれた。

古い革の表紙の本だった。中には小さな文字がびっしりでときどき挿絵があるだけだった。

レティシアは少し悩んで買うことにした。


この世界では本は高級品のようだった。

「そっちのは安いけど、これは高いよ?」

革の表紙の本は小金貨1枚もした。

「大丈夫です。父からお金を預かっています。」

レティシアはおつかいでもしているかのようにそう言った。子供がこんな大金を持っているのは不審がられるだろうから。

「またおいで。」

おばあさんはニコっともしなかったけど帰るときにそう言った。


「買えたね!」

「買えたね!!」

レティシアとツキは買った本を抱きしめて、みんなと合流する場所へとスキップでもするように軽やかに向かった。


────


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