第28話
ツキの中にいたモノは自分のことを魔王と言っていた。
ハンナはカイの家を立ち去る前にそれについてみんなに話した。
「魔王とは魔族の王に当たるものです。以前、大昔ですが…魔族がたくさんいたときには魔王城と呼ばれる城があったりしました。魔王はそこでたくさんの魔族を従え、好き放題にやっていたそうです。魔法の使えない人間を家畜のように扱っていたと古文書には記されています。」
「人間は魔法を使えなかったの?」
「はい、そうだと言われています。その昔、一人の魔族が人間と恋に落ちて、それが人間が魔力を持つことになった起源だと言われています。それが俗に言う『王族』と呼ばれる人たちです。その昔、魔法を使えるようになった人間が国を支配したのが王族の始まりです。」
ルルは「へぇ」と感心していた。ハンナは「城に入るときに習ったはずです」とルルの頭を叩いた。
「昔の王族はさらに魔力を得ようと、魔族の血を濃くしていったそうです。ですから大昔の王族は人間より魔族の血が濃かったと言われています。」
ハンナは淡々と話し続けた。みんなはそれを黙って聞いていた。
「それを面白くないと感じたのが魔王です。家畜のような存在と自分たちの血が混ざるなんて考えられなかった。それで魔王に滅ぼされた国も少なくないそうです。しかし人間は魔力を得ようと試行錯誤した。弱い魔族の女を誘拐して無理やり子供を産ませたりもしたそうです。」
「そんな…ひどいわね。」
ケリーは顔を歪めた。
「人間が力をつければつけるほど魔族は弱り、数を減らしていった。いつしかバランスが崩れ、人間が優位になったのです。そして魔族は滅ぼされた…。魔族が人間を恨んでいるとしてもしかたないですよね。」
レティシアは複雑な気持ちになった。交わってはいけないものが交わった結果のように思えた。
「それらを踏まえてツキに改めて聞きたいことがあります。あなたの両親のことです。」
ハンナができる限り優しくツキに問いかけているのがわかった。
ツキは頭を傾げて考えた。
「どこかの森で生まれたの。洞穴みたいなところがあってね、そこで暮らしていた。お父さんは生まれたときにはいなかった。お母さんは私が小さいときに病気で死んだ。お母さん、死んだら燃やして灰にしなさいって。」
ツキは悲しい顔になって俯いてしまった。
「お母さん以外の魔族に会った記憶はないということですね?場所はわかりますか?」
ハンナはツキに地図を見せた。
「ここが今いる場所。ここが燃やされた家のあった森。ここに城があってレティはここで生まれました。」
ハンナは地図を指差してツキに説明した。
「ここの森。しばらくここにいて、それからレティを探す旅に出た。」
ツキが指差したのは城を攻撃してきた隣国の中にある森だった。
「そうですか…。やはり…。」
ハンナは予想が当たってしまったのが悲しいような顔をした。
「ハンナ、どういうことだい?」
カイもケリーもさっぱりわからないという様子だった。
「もしかして、隣国に魔族がいると?」
ルルは険しい顔でハンナを見た。
ハンナはゆっくりと頷いた。
「隣国の攻撃はとても激しいものでした。今もどこかで戦争をしているようです。中に魔族が混ざっているとするならば、納得のいくことが多いのです。ツキの父親は隣国の王族、またはそれに近しいところにいるかもしれません。」
ツキの父親が生きているかもしれない。それだけを聞いたら喜ばしいことなのかもしれない。しかしそれが魔族だとしたら話は変わってしまう。
「ツキをそこから離す方がいいね。やっぱり引っ越すのはいいことかもしれない。」
レティシアがそう言うとツキは「うん」と頷いた。
ツキに父親に会いたいかと聞ける者はいなかった。
「昨日ツキから悪いモノを出しました。それが本当に魔王だったのかはわかりません。魔族の中には、ずる賢い者もいるかもしれません。鵜呑みにはできません。しかし本当に魔王なら…昨日の浄化で滅びたとは思えません。」
みんなは静まり返り、レティシアは恐怖さえ覚えた。
「どういう仕組みなのかはわかりませんがあの魔王は肉体を持たず、精神だけでその存在を維持していた。いつからツキを依り代にしていたかわかりませんが、精神だけで移動できるのであれば今頃どこかで依り代をみつけてまた暴れ回るかもしれません。」
「依り代にするなら魔力の高い者にするよね?」
ルルはそう言ってレティシアを見た。
「おそらく。私やレティはそれに該当しますが光属性の魔法は彼らにとっては弱点。わざわざ来ないでしょう。」
それを聞いてみんなは少し安心したような顔になった。
「ツキの中に入ったはいいけどレティが側にいて、魔王と名乗るあいつはなかなか力を発揮できなかったのではないかと推察されます。」
ハンナは知らないうちにツキの中にある魔王を押さえ込んでいたのではないかと言った。
「レティ、ありがとう。」
ツキはにっこり笑ってレティシアの手を握りしめた。レティシアは照れたように笑った。
「すべて推測の域を出ません。私たちはどんなことが予想されるかを考えて日々備えておくことが大事になると思います。」
ハンナがそう言い締めるとみんなは「はい」と頷いた。
そうしてハンナはタルの町に帰って行った。
ルルは一緒に馬に乗せてほしいと頼んだがハンナはキッパリ断った。ルルはふてくされていた。
「さぁ、私たちも旅立ちの準備をしようじゃないか。」
カイはそう言って立ち上がった。
さっきまでの真剣な顔から、新生活を楽しみにしている顔になった。
ケリーは風呂敷を広げてツキに「これもアイテムボックスみたいにならないかしら?」と相談していた。ケリーはなんと畑ごと持っていきたいと言ったのだ。
ツキは悩んで蓋付きの木の箱をアイテムボックスにすると言った。「ここに野菜を根っこごと入れたら持っていけると思う。」
ケリーは大喜びで「いれてみるわ!」と外に出ていった。
各自持っていきたいものを次々とカバンに収納した。
日が暮れてきたので出発は明日の朝にすることになった。
ルルはマイトに会いたいとぼやいていた。レティシアは恋はすごいパワーがあると感心した。
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翌朝、カイは大きなカバンに動物たちを入れた。
ツキはその前に中に小屋を入れた。餌入れや水桶も入れて中で暮らせるようにしたと言った。
カイは半信半疑で1匹目の鶏を入れた。
カイはカバンの中に頭を突っ込んで中の様子をうかがった。
鶏は中で餌を食べ、自由に走り回っていた。
それを見て安心したカイは動物たちをすべてカバンの中に入れた。
ケリーも野菜を木の箱に収納し終わった。
「よし、出発しよう!」
みんなは馬車に乗り込み、その場をあとにした。
ツキは家に火を放った。
家は勢いよく燃え、すぐに灰になった。これはハンナの提案だった。できるだけ痕跡を残さないほうがいいと言った。
二度も家を燃やされることになるとは誰も思っていなかった。
帰る家がなくなってしまった。後戻りはできない。
馬車の中でケリーは新しい家の図面を描き出した。
「さぁ、楽しい時間よ!」
みんなは新しい家に必要なものを書き出した。
ケリーはそれを図面にしていく。
「母屋を中心に動物たちのスペースでしょ。畑はできるだけ広くしたいわよね。」
「ハンナが来たときに泊まれる部屋もほしい!」
「ゲストルームね!必要ね。」
新しい生活を想像するのは楽しい時間だった。
ツキの掘ったトンネルはあっという間に通り過ぎた。この山にはかなりお世話になった。
《ありがとうございました》
レティシアは小さくなっていく山に向かって感謝を伝えた。
ニワの町を通り過ぎ、タルの町へと向かう。
ツキは大きな紙に魔法で地図を描いていた。それはカイの持っていたものよりもかなり詳細で、距離感も正確のようだった。
「遠くの地図も描けるの?」
「ううん、無理みたい。知ってる場所か近くに行けば描ける。」
ツキはそう言って自分が生まれたという森のあたりの地図を描いた。
「ツキはずいぶん遠くから私を探しに来てくれたんだね。ありがとうね。」
レティシアは地図を見て改めてそう言った。
「これはね、私の運命なの。」
ツキはそう言って地図をカバンにしまった。
馬車はガタゴトと進む。
もうすぐタルの町に到着する─。
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