第25話
貴族のパーティの手伝いにやって来ていたレティシアたち。
レティシアは玄関先で馬車の馬のお世話係をしていた。
夜も更け、やっと馬車が1台もいなくなった。
イチは「おつかれさま!今日はありがとう!」と笑顔でレティシアの両手を握りブンブンと振った。
「こちらこそありがとうございました。」
レティシアは何事もなく終わったことが一番嬉しかった。
「ちょっと時間あるか?」
イチはレティシアの手を取り、屋敷の裏口へと引っ張っていった。
中は片付けの真っ最中でたくさんの使用人たちがバタバタと仕事をしていた。
イチはそれをうまくかわして奥へと進んだ。
「母さん!」
イチは厨房で洗い物をしていた女性に声をかけた。
きれいな人でイチはお母さんに似ているとレティシアは思った。
「イチ!今日のサンドイッチはうまかっただろ。」
イチのお母さんはそう言ってドヤ顔をした。
「うん!最高だったよ!いや、そうじゃなくてさ、この子、レティっていうんだけど。」
レティシアは「はじめまして、レティです」ときれいなお辞儀をした。
「あらあら、男の子かと思ったらかわいい女の子じゃないか!私はイチの母親でマーサだよ。よろしくね!」
マーサはとても気さくでフレンドリーなタイプの人のようだった。
「今日はこのレティに世話になったんだ。何かお礼をしたくて。」
イチがそう言うと、マーサは「あんたがそんな気の利いたこと言うなんて珍しいね」と言って奥からカップケーキを持ってきた。
「残り物だけどね、うまいよ。他の人にみつからないようにお食べ。」
マーサは小声でレティシアにカップケーキを渡した。
小さなカップケーキにはカラフルなクリームで装飾されていた。
「なんてかわいいのかしら。」
レティシアは思わずそう声を漏らし、静かに食べた。
この世界に来てから食べた中で1番美味しかった。
「とても美味しかったです!マーサさん、イチさん、ありがとうございます!」
レティシアはペコリとお辞儀をした。
「何やってるの?」
振り向くとそこにはルルがいた。
ルルは「何をつまみ食いしたのかしら?」とレティシアの口元についていたピンク色のクリームを拭ってくれた。
「秘密だよ。」
レティシアがそう言ってニヤリと笑ったからルルも「ふーん」と言ってニヤリと笑った。
「さぁ、さっさと帰るわよ。」
疲れきった顔のハンナが現れた。
「ハンナ様!お疲れ様でした。」
まわりにいた使用人たちはハンナに向かって頭を下げた。
ハンナは「またね」と言ってルルとレティシアの腕を引っ張って裏口へと向かった。
レティシアはイチに無言で手を振った。
イチは笑顔で両手を振っていた。
外に出ると屋敷の中の喧騒が嘘のように静かだった。
屋敷の中ではまだバタバタと片付けをしている。
「最後まで手伝わなくていいの?」
「いいんだよ。片付けはどうにでもなるでしょ。」
ハンナはウンザリという感じを出していた。
「楽しかったわね。またやりたいわ。」
ルルはニコニコとその日の話をした。
そしてレティシアも1日の話をした。「イチが怪我をして治した」と言った途端にハンナとルルは足を止めた。
「魔法を使ったの?」
ハンナは鋭い目つきになり、「誰かに見られた?」とレティシアを問い詰めた。
「えっと、イチ以外には見られてないよ。イチもそんなに騒がなかったし、貴族の中では当たり前じゃないの?」
レティシアが驚き混じりにそう言うとルルが言った。
「ハンナがなぜみんなにハンナ様って呼ばれてるかわかる?」
ルルは真面目な顔をしてレティシアに聞いた。
「ハンナがお医者様だから?」
レティシアがそう言うとルルは頷いて、「そうよ、医者ってね、そこら辺にゴロゴロ転がってるものじゃないの。国に1人いたらすごいくらいの貴重な人材なのよ?」と誇らしげに言った。
レティシアは思っていたのと少し違うと驚いた。
「イチには秘密にしてって言ったけど…。だめだった?」
レティシアは急に不安になってきた。
「あの子ね、まぁ、大丈夫かな。」
ハンナはイチを知っているようだった。
「レティ、これからもそういう場面が来るかもしれない。でもあなたがいつまでもキラキラさせる魔法しか使えないなら使わない選択をしなくてはいけない日が来るわ。」
ハンナは少し怖い顔をしていた。
それはレティシアを思っての言葉なのはレティシアもわかっていた。
「はい、気をつけます。」
この日からレティシアはキラキラさせないで魔法を使う特訓を頑張った。
習得するのに数ヶ月かかることになる。
────
レティシアとルルがタルの町に来て3ヶ月が経とうとしていた。
ハンナは相変わらず薬屋として忙しくしていた。しかし患者の大半が貴族で、町の人たちは来なくなっていた。
たまに来る人は怪我をしたとか、食あたりだとか、軽症の人ばかりだった。
持病を持っていた人たちが来なくなり、ハンナは心配して往診をしていたが、みんな「元気になった」と言っていた。
ハンナは首を傾げながらも「元気ならいいか」と気にしていなかった。
レティシアはキラキラさせずに魔法を使うことに、やっと成功した。
ここまで来るのに、レティシアは町中の洗濯物を浄化したかもしれない。
洗濯物どころか、町全体がピカピカになった気もする。
「温室の中から町中をきれいにしたってこと?」
ルルは驚き、ハンナは怒っていた。
「町でどんな噂が立ってるかわかる?神の加護で町が浄化されたって言われてるのよ?」
「そんなつもりはなくて…目の前の洗濯物をきれいにしたかっただけで…」
レティシアはうまくいかなくてたくさんの魔力を注ぎ込んでしまっていたことに気がついていた。
ハンナは苦い顔のままハッと何かに気がついた。
「まさか回復魔法も同じようにやってないわよね?」
レティシアはビクッとした。
少し前に傷ついたリスをみつけて回復魔法を使った。
その時もキラキラしちゃったのでうまくやろうと、力加減がわからなくなっていた。
「リスを元気にさせただけだよ…。」
ハンナはそれを聞いて大きなため息をついた。
「絶対にレティの仕業だってバレちゃだめよ!」
ハンナはレティシアの両肩をつかんで力を入れた。
「いたっ…はい。もうしません…。ごめんなさい。」
「まぁ、無詠唱でキラキラしなくなったからそんな簡単にバレることはないと思うけどね。それでも簡単に魔法を使ったらだめよ。中には魔法に敏感な人もいるんだからね。」
レティシアは「はい!」といい返事をした。
そしてすぐに「掃除をしてきます」と店の前に出た。
通りは昼の賑わいを見せていた。
この辺を歩く人は貴族の屋敷で働く使用人か貴族の屋敷に出向く商人くらいだった。
「レティ!ただいま!」
ルルはにこやかにどこかから帰ってきた。
「ではルルさん、また。」
隣には金髪の美青年がいた。カルダンの家の執事マイトである。
レティシアはマイトに淡い恋心を抱いていた。
美しい見た目に優しい性格、レティシアの目の前に突然現れた王子様だった。
しかしそう思っていたのはルルも同じだった。
ルルはアプローチを続け、ついにマイトと付き合うまでの仲になった。
レティシアはマイトを見ているだけで幸せだった。
その人がルルと付き合って幸せそうにしているのを見ても、嫉妬心は感じなかった。
ハンナはレティシアの気持ちになんとなく気がついて勝手にやきもきしていたが、レティシアの笑顔が偽物ではないと知って首を傾げていた。
レティシアにとっては推し同士が仲良くするのは嬉しいことだったのだ。
ハンナは何も言わず、そんなレティシアを見守った。
レティシアは何も言わないハンナがありがたかった。自分の気持ちをうまく説明できる気がしなかったからだ。
こうしてレティシアの初恋は終わった。
ルルが幸せなことはレティシアにとっても幸せなことだった。
────




