第24話
貴族の家のパーティの手伝いをすることになったレティシアたちはカルダンという男の屋敷に来ていた。
3人は別々の場所でそれぞれ仕事を任された。
レティシアは玄関先で馬車の馬のお世話係を頼まれた。
招待客たちは馬車でやってくる人がほとんどだった。
イチは「隣の屋敷からだって馬車で来るんだぜ」と笑いながら教えてくれた。
貴族にもいろいろいるようで、御者が専属の人とそうじゃない人がいた。
専属じゃない場合はイチが待機所まで馬車を移動させた。
「イチさんってすごいね!馬車の運転もできるんだね!」
レティシアは自分と同じくらいの子供が大きな馬車を華麗に操るのを見て感動していた。
「別にこれくらい…。誰にでもできるさ。」
イチは褒められ慣れていないという様子で顔を赤くしてフンッと横を向いた。
馬車は次から次へとやって来た。
待機場所まで行かずに出ていく馬車もいた。
「時間になったらお迎えにくるんだろう。」とイチが教えてくれた。
あっという間にたくさんの馬車が並んだ。
レティシアは桶に水を入れて回った。
馬もいろいろいて、若そうな馬や年寄りそうな馬、頭の良さそうな馬に悪そうな馬と見ていても楽しかった。
レティシアは昔から動物に好かれる傾向にある。
「こんばんは、あなたはお腹が空いていそうね。」
レティシアは飼葉を出してきて美味しそうに食べる馬たちを眺めた。
「帰りは勝手に帰って行くからな。俺たちの仕事はこれくらいで終わりだよ。」
屋敷の中から音楽が聞こえてきた。
レティシアは知らない曲なのに懐かしい気持ちになった。
「お前も中でメイドやった方が楽しかったんじゃねえのか?」
イチは音楽を聴き入っているレティシアを見てそう言った。
「あの、私ね、あんまり得意じゃなくて…。その…人間の相手が。」
レティシアがたどたどしくそう言うとイチが声を出して笑った。
「人間って…。お前面白いな。」
レティシアはなんだか恥ずかしくなって苦笑いをした。
御者たちは面識があるのか馬車から降りてきて楽しそうに会話をしていた。
そこにルルがたくさんの瓶に入った飲み物を持ってきた。
「みなさまお疲れ様です。こちらは旦那様からの差し入れになります。」
ルルは御者たちにきれいな挨拶を見せた。
「ルル!中はどんな感じなの?」
レティシアはすぐにルルの元に行き、飲み物を配るのを手伝った。
「中はすごく盛り上がってるよ。ちょっと疲れてきちゃって…。レティシアに会いたくてこの仕事を志願してやらせてもらったの。」
レティシアは「嬉しい」と言ってルルのまわりをぴょんぴょん跳ねた。
飲み物を配り終わるとルルはすぐに行ってしまった。
「今の誰だ?」
「えっと、お姉ちゃん。」
「へぇ。きれいな人だな。」
イチはそう言ってレティシアを見た。似てないとでも思っているのだろうとレティシアは思った。
「美人姉妹だな。食いっぱぐれないでやっていけそうで羨ましいよ。」
イチはレティシアが想像もしなかったことを言った。
レティシアは驚いて顔が真っ赤になるのがわかった。
「えっと…。馬に水をあげてくる。」
レティシアはその場から逃げるように井戸へ向かった。
《美人姉妹だなんて初めて言われたわ》
お世辞だろうけどレティシアは嬉しかった。
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小一時間経つと、ちらほら帰る人が出てきた。
招待されたから礼儀として顔を出した人たちなのだろうとイチが教えてくれた。
イチは無言で馬車を乗り場まで誘導し、貴族に向かってきれいなお辞儀をした。
マダムたちはそんなイチを見て「あら、かわいい」と言ってときどき何かを渡していた。
レティシアは前世の記憶の中にあるチップだろうと思った。
この世界にもそういう風習があるらしい。
イチは「お前もやってみるか?」と誘導の仕事を譲ってくれようとしたが全力で断った。
何か粗相をしたら首を跳ね飛ばされるかもしれない。それに別にお金に困っているわけではなかった。カイがたくさん持たせてくれたし、いざとなったらエメラルドを売るように言われていた。
レティシアたちは順調に仕事をこなし、待機場所にいた馬車たちは半分以下になった。
「ここからは長いぞ。」
とイチは肩をすくめた。
またルルがやって来て、今度はカゴいっぱいにサンドイッチを持ってきた。
「二人も余ったら食べるようにって言ってたわ。」
ルルはまたすぐに行ってしまった。中も忙しいようだった。
レティシアたちも御者に混ざって食事にした。
サンドイッチには見たことのないきれいな色の野菜とハムやら肉やらが挟まっていた。
「すごくおいしい!」
レティシアは思わず声を出してしまった。
「カルダン様は見栄っ張りだからな、御者にもいいものを出すんだよ。」
イチは両手に持っているサンドイッチをパクパクと食べた。
きっとこういうイベントのときだけのご褒美的なメニューなのだろうとレティシアは思った。
音楽は鳴り止まず、中からは笑い声が聞こえてきた。
レティシアはお腹いっぱいになって眠くなってきた。
「おい、大丈夫か?倉庫で寝てきてもいいぞ?」
イチはフラフラしたレティシアの腕を掴んでそう言ってくれた。
「ごめんなさい!大丈夫です!お腹がいっぱいで幸せで。」
レティシアが恥ずかしそうにそう言うと「無理すんなよ」とイチは優しく言ってくれた。
レティシアたちは玄関の横でいつでも馬車を誘導できるように並んで立っていた。
暇なときはボソボソと世間話をした。
イチは母親と二人でこの屋敷に住み込みで働いていた。
カルダンは見栄っ張りではあるが基本的にはいい人で、使用人を雑に扱うような人ではないとイチは嬉しそうに話してくれた。
貴族の中には使用人たちを奴隷のように扱う人もいるそうで、本当に首を跳ね飛ばすような貴族も存在していると教えてくれた。
イチは貴族が帰ろうとするたびに馬車を乗り場まで誘導した。
そして事件は起きた。
イチがいつものように乗り場まで誘導していると馬の前をネズミが横切った。
馬は驚き、前脚を上げて立ち上がってしまった。
そして悪いことにイチは馬に踏まれるような状態になってしまった。
御者はイチを助けようとしたが、乗り場で待っている貴族は「早くしろ!」と怒っていた。
イチはその場に倒れたまま、馬車は貴族を乗せて行ってしまった。
レティシアはすぐにイチの元に駆け寄った。
イチはどこかの骨が折れたようで苦しそうな呼吸をしていた。
レティシアはまわりを確認してイチをなんとか人目のつかない場所まで連れて行った。
イチは声も出せずに苦しんでいる。
レティシアはイチに手をかざして《イチを助けて》と祈った。
イチの顔色がみるみるうちに戻ってきた。
すぐにイチの怪我は治り、イチは立ち上がると自分の折れていた肋骨や腕の骨を確かめた。
「お前がやったのか?」
レティシアは人前で魔法を使うことを禁じられていた。
なんて答えていいのかわからずにレティシアは俯いてしまった。
「ハンナ様みたいだな!お前、すごいな!」
イチはハンナを知っているようだった。
「あのね、私ね、ハンナの弟子で…。でも魔法が使えることは秘密なの。それでね。あのね…。」
レティシアはうまく伝えられなくて泣きそうになっていた。
「秘密なのか…。わかった!誰にも言わない!治してくれて本当にありがとう!」
イチはレティシアの両手を掴みブンブンと振った。
「行かなきゃ!」
イチは帰ろうとする貴族の姿を見て馬車の方へと走っていった。
レティシアは呆気にとられて、走るイチを眺めていた。
もっと大騒ぎされるのではないかと心配していたがそうでもなかった。
貴族のまわりでは魔法は当たり前なのかもしれないとレティシアは考えた。
その後は何事もなく、馬車は一台、また一台と減っていった。
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