第23話
マイトが薬屋に来てから、ルルはずっとマイトの話をした。
暇があればハンナに「マイトさんはどんな人が好きかな?」などと聞いている。
ハンナはそれを鬱陶しそうに「本人に聞きなさい」と答えていた。
レティシアはマイトの名前を聞くたびにドキドキしていた。そしてあの金髪の美青年を思い出して顔を赤くしていた。
ハンナはそんな二人を見てため息をついた。
「あなた達!貴族の家に行くのよ?粗相をしたら首を跳ね飛ばされるかもしれないわよ!」
ハンナのその言葉に二人は現実に戻された。
「私は大丈夫よ!城に入るときにしっかり教育を受けたもの。」
ルルは得意顔でレティシアを見た。レティシアは自分のポンコツさを思い出してお腹が痛くなってきた。
そうこうしているうちにマイトが荷物を持ってやって来た。
「こんにちは。当日着る衣装をお持ちしました。」
マイトは薬屋のカウンターに3人分並べた。
「ハンナ様は旦那様のすぐ後ろに控えてほしいそうです。ルルさんは料理出しと片付けをお願いいたします。そしてレティさんですが…」
マイトは茶色の衣装を持って申し訳なさそうにレティシアを見た。
「お客様の馬車の馬のお世話係なんですが…」
ハンナの衣装はきれいなドレスで、ルルはかわいい紺色のメイド服で、レティシアに渡そうとしているのは白いシャツと茶色のチェック柄のベストとパンツだった。おまけに同じ柄のハンチング帽までついている。
「わぁ!!かわいい!!」
レティシアは小さな男の子が着たらきっとかわいいだろうなと思った。
「嫌じゃありませんか?実は男の子の仕事でして…。」
「嫌じゃないです!馬は大好きです!人間よりいいです!」
レティシアが大きな声でそう言うのでマイトはクスッと笑ってしまった。
「お気使いありがとうございます。」
マイトはレティシアに一礼した。本当は嫌なのに気を使ったと思われたようだった。
「できれば午後には屋敷の方へいらしてほしいのですが。」
「わかりました。明日は午前中で閉店しますね。」
マイトは安心したようだった。そしてハンナに貴族街への通行証を渡した。
「ハンナ様はすでにお持ちですよね。こちらはルルさんとレティさんの分でございます。」
木の札に名前が書かれていた。
貴族街へ入るには門でこれを見せないといけないらしい。
「では明日、よろしくお願いします。」
マイトはまた礼儀正しく一礼して帰っていった。
レティシアとルルはマイトのいなくなったドアをボーッとみつめた。
「お店を閉めて試着してみるよ!キツくて着れないなんてことがあったら恥ずかしいからね。」
その可能性が一番高いのはハンナだった。
ハンナはCLOSEの札を出してドアの鍵を閉めてカーテンをした。
ハンナは明日行く貴族の家の主人のお気に入りらしい。
死んだ奥様に瞳が似ているのだそうだ。
ハンナは美人というわけでもなく、若い女性というわけでもない。
ケリーと同じくらいの年齢で愛嬌のある少しぽっちゃりとした女性だった。
そのハンナにすごくよく似合う緑色のシンプルなドレスだった。
「ドレスを着て、なんの仕事をするの?」
レティシアは「似合ってるよ」と褒めながらハンナに聞いた。
「多分、後ろで立っているだけになると思うわ。」
ハンナの口ぶりから初めてじゃないという感じがした。それでも断らなかったので嫌な仕事でもないのだろうと思われる。
ルルはメイド服を着て「なんだか久しぶりだわ」と言ってくるっと回って見せた。
城で働いてきたときよりもお姉さんになっていて、とても美しい女性になっていた。
「ルルって本当に美人よね。」
レティシアは自分の容姿に自信がない。
前世の自分よりもずっと可愛らしい女の子なのはわかっているのだが、なかなかその感覚は消えなかった。
しかしマイトの持ってきた衣装を着ると、思いの外似合っていて驚いた。
「レティ!すごくかわいいわ!」
ハンナもルルも「小さい男の子みたい」と喜んだ。
「明日は髪の毛をくくって帽子の中に入れましょうね。」
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翌日の朝、店のドアに【本日午前のみ営業】と貼り紙をしたせいか、午前中はたくさんのお客さんが来た。
変な咳が流行っているらしい。
ハンナは心配そうに症状を聞いてメモを取り、薬を処方した。
「咳の出る流行り病みたいね。」
ハンナはルルとレティシアに「予防薬よ」と言って苦い煎じ薬を飲ませた。
苦い薬はよく効くとレティシアは信じているので文句は言わなかった。
「こんな日に店を閉めないといけないなんてちょっと心配だわ。」
ハンナが心配そうに店を閉めたのでレティシアは《この町の人たちの病気がよくなりますように》と祈った。気休めにしかならないとわかっていたが、レティシアの気分はこれで少し良くなる。
「レティ?いま何かした?」
ハンナはジロッとレティシアを睨んだ。
「何もしてないよ!」
レティシアは焦って着替えを始めた。
「ハンナ!髪の毛やって!」
「そうだったわね。どれどれ。」
ハンナは嬉しそうにレティシアの髪の毛をとかし、頭の上でくくってお団子にした。
着替えて帽子をかぶるとかわいい男の子の完成だった。
レティシアはこの姿をとても気に入っていた。
3人とも着替え終わり、通行証を首から下げて貴族街へ向かう。
────
「カルダン様の屋敷だな。通っていいぞ。」
門番はろくに確かめもせずに3人を中に入れてくれた。
「こんなに簡単に入れてしまって変な人が侵入したりしないのかしら?」
ルルは少し怒ったようにそう言った。
「今日は出入りが多くて門番も疲れているのでしょう。」
ハンナは呆れた感じで自分には関係ないという態度だった。
カルダンの屋敷は貴族街の中でも奥にあり、その位置によってかなり位の高い貴族だとわかるとハンナが説明してくれた。
「さぁ、誰かに会う前に屋敷に行くわよ。」
礼儀だとか作法だとかうるさく言うマダムはたくさんいるということだった。
ルルもレティシアもそんな人にみつかりたくなかったので静かに素早く屋敷に向かった。
裏口の前でマイトが待っていた。
「今日はありがとうございます。よろしくお願いします。」
3人は貴族の前でする庶民のおじぎをした。
昨日の夜に特訓したのでバッチリだった。
マイトはそれを見てにこやかに中へと誘導した。
ルルはすぐにメイド長という女性に連れて行かれた。
「ハンナ様を旦那様のもとにご案内してきます。レティさんはこちらでお待ちください。」
レティシアは使用人が洗濯物を干している中庭のようなところのベンチに座らされた。
使用人たちは無駄口を叩かずに黙々と自分の仕事をこなしている。
レティシアは自分も見習わようと行き交う人たちを観察した。
すぐにマイトが戻ってきた。
「お待たせしました。レティさんはこちらへ。」
レティシアはマイトに連れられて屋敷の玄関の方へ来た。
「こちらに馬車が到着しますので、御者にあちらの待機所に行くように指示してください。」
マイトの指差す方には馬を繋ぐような柵のようなものがたくさん並んでいた。
《駐車場ってわけね》
「こちらが相棒のイチです。わからないことは彼に聞いてください。」
マイトはレティシアと同じ服を着たイチという少年を紹介してくれた。
「俺の足を引っ張るなよ。」
イチは威張った態度でレティシアにそう言った。
しかし彼はすごくわかりやすく仕事内容を教えてくれた。
レティシアはこのイチという少年はとても頭のいい子だろうと思った。
「客はまだ来ないからな。俺たちは見えないところで休憩するぞ。」
イチは飼葉の入った倉庫に入ると椅子に腰掛けた。
「お前、名前は?」
レティシアは自分がまだ一言も言葉を発していなかったことに気がついた。
「あ、すみません。私はレティです。どうぞよろしくお願いします。」
レティシアは昨日特訓した挨拶をイチの前でした。
「おまえ?女なのか??いや、俺たちにそんな挨拶しなくていいよ。」
イチは少しうろたえて顔を赤くした。レティシアのことを男の子だと思っていたようだった。
イチは少し待ってろと言っていなくなってしまった。
すぐに戻ってきて「ほら、やるよ。」と紙に包まれたクッキーをくれた。
「わぁ!美味しそう!ありがとうございます。」
レティシアは喜んで受け取り、二人でポリポリと食べた。
「厨房に俺のかあちゃんがいるんだ。割れて使い物にならないやつとか、たまにくれるんだよ。」
イチは誇らしげに話した。
「お母さんと働けるなんて、素敵ね。」
レティシアは生みの親に会ったこともないということを思い出してなんだか少し悲しくなった。
イチはそれを察して「別に!」と言って「そろそろ待機場所に行くぞ」と言った。
レティシアは「はい!」と返事をしてイチについていった。
イチはぶっきらぼうだったがとても優しい少年だった。
レティシアは男子が苦手で嫌煙しがちだったが、イチのことはなんとなく好きになれそうな気がした。
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