第19話
レティシアが朝起きてくるとハンナの姿はもうなかった。
薬屋を閉めたままにできないからと言って夜遅くに帰って行ってしまったのだ。
レティシアはがっかりした。もっとたくさん話がしたかった。
それはルルも同じだったようで、ルルは「また会えるよ」と言ってレティシアの頭を撫でた。
「ツキは?どこに行ったの?」
レティシアは心配していた。みんなはそんなレティシアを見て心を痛めた。
カイが昨日ハンナから聞いた話と自分たちの思っていたことをすり合わせてレティシアに説明した。
レティシアは黙って聞いていた。
「ツキが魔族だとしても、悪いものって決めつけるのは変だよ。」
レティシアは泣きそうになっていた。
しかしネズミと対峙したときのツキは確かにおかしかった。
不気味でおぞましささえ感じた。
《あの時のツキの何か黒い感情が私の中に流れ込んできたようにも感じる…》
レティシアが呪いにでもかかった状態になったのはあの時かもしれないとレティシアは感じた。
《あれがツキの本性だというなら…》
レティシアは自分で考えて、そんなわけないと頭を振った。
「レティ?大丈夫?」
「あ、うん。なんでもないよ。」
みんな口数が少なかった。
悲しい現実を受け入れがたいという感じだった。
「ツキが魔族だとして、私たちを攻撃してくるとはどうしても思えないんだよね。」
ルルは立ち上がってそう言うと「もう一度探してくる」と言って外に出ていってしまった。
レティシアも「行く」と言ったがケリーに止められてしまった。
カイは「トンネルの方を見てくる」と言って出ていった。
レティシアはケリーと二人で家にポツンと残された。
「ツキがいつ帰ってきてもいいようにクッキーを焼きましょうか?」
ケリーはにっこり笑ってレティシアに手を差し出した。
「うん!!」
レティシアは喜んでケリーと手を繋いだ。
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ルルは森の方まで来ていた。
森は相変わらず木が密集していて薄暗い。
ここで魔物に遭遇したらルルだけでは対処できないかもしれない。
ルルは引き返すことにした。
自分までみんなに心配させるようなことになってはいけない。
ルルは帰りながら今までツキのおかげでいろんなことができていたのだと実感した。
どんなに強い魔物が出てきてもツキが倒してくれると安心しきっていた。
進めない道があればいつでもツキが切り開いてくれていた。
考えれば考えるほど、ツキが一人でどこかにいるかと思うと悲しくなってきた。
ルルはしくしくと泣きながら帰った。
「ツキ…どこにいるの…」
────
トンネルは真っ暗だった。
いつもならたいまつにツキが火をつけてくれる。
しかし今日、ツキはいない─。
カイはカバンの中から火打ち石を探した。
何でも入る不思議なカバン。これもツキが作ってくれたものだ。
ハンナがあれほどに恐れる存在の魔族。
カイは自分も恐れた方がいいと頭ではわかっていた。
しかし心はそうじゃなかった。
突然現れて家族を助けてくれたツキが、そんな悪いものだなんて信じられなかった。
たいまつを片手にカイはトンネルを進んだ。
このトンネルだってツキがいなければ開通することもなかったものだ。
「ツキ!!どこにいるんだー?一緒に帰ろう!」
カイの声はトンネルの中を虚しく響いた。
トンネルを端から端まで見たがツキの姿はなかった。
────
「ツキはクッキーよりもお魚がいいかも!」
クッキーを焼き終えたレティシアはケリーにそう言った。
「そうね、でもお魚は町まで行かないと手に入らないわ。」
「あのね、家の裏の先に池があるでしょ?」
「あぁ、そういえばあったわね。深そうだから近づかないでって言ってあったところよね。」
「そこにね、魚がいるんだよ。」
レティシアはツキがときどきあそこで魚を捕まえていると話した。
「まぁ!約束を破ったのね!」
ケリーが怒ったふりをすると、
「違うよ!ちょっと離れたところから魔法でなんかビリビリってやって、プカプカ浮いてきた魚を風魔法でビュンって飛ばして…だから池には近づいてないの。」
レティシアが必死に説明するものだから、ケリーはおかしくなって吹き出してしまった。
「ちゃんと約束は守っていたのね。えらいわ。」
レティシアはふぅ、と安堵した。
「もしかして、そこで魚を捕りたいってこと?魔法もなしに捕まえられるかしら?」
「釣りをしてみたいの。」
「釣りね…釣り竿は前の家から持ってきていないわ。」
「どこに置いていたの?」
「あれは…確かカイのベッドの下の物入れにあったかも…。」
レティシアはケリーにこの家のベッドの下を探すように言った。
「前の家のベッドの下よ?あるわけないじゃ…」
ケリーはカイのベッドの下の物入れを開けてビックリした。
そこにはカイの釣り竿が入っていたのである。
「いつの間にか持ってきていたのかしら?」
ケリーは驚いて目をパチパチさせていた。
レティシアはなぜそこにあるのかわかっていた。
なぜならばこの家はツキがコピーして作ったものだったからだ。
「では、いざ釣りへ!」
「おー!」
レティシアとケリーはテーブルに書き置きを残して裏の池へと向かった。
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池の水は青く澄んでいた。
底が見えないのでかなり深そうだった。
カイが言うには地下でどこか大きな水源と繋がっているはずだと言っていた。
「この岩より向こうに行ったらだめよ。」
ケリーは池のまわりの岩を指差した。
「はーい!」
釣り竿は1本しかなく、そこそこ重かったのでレティシアは見ているだけにした。
「ミミズを探すね。」
レティシアは前世の記憶を頼りに釣りの餌になりそうな虫を探すことにした。
「ミミズ?なにかしら?」
「あ、うん、なんかニョロニョロした虫。」
「あぁ、餌になりそうね!近くで探していてよ。」
「わかった!」
レティシアはカバンから小さなおもちゃのスコップを取り出した。
カイが木を掘って作ってくれたものだが、意外と強度があって土くらいなら掘ることができる。
「畑にはいるのになぁ。ここには少ないなぁ。」
レティシアはみつけるたびにケリーのところに持っていった。
餌が良かったのか、魚はすぐに釣れた。
ケリーはカバンからバケツを取り出して魚を入れた。
あっという間に5匹連れたので今日はここまでとした。
「こんなに簡単に魚が手に入るなんて知らなかったわ。」
ケリーは興奮気味にそう話した。レティシアも満足そうな顔をしていた。
二人が帰るとカイとルルも帰って来ていた。
二人はなぜか神妙な顔でボソボソと話をしていた。
「二人ともどうしたの?」
ケリーはテーブルの上に魚の入ったバケツをドンと置いた。
「さぁ、ツキをあぶり出すわよ!」
ケリーはそう言って腕を掲げた。
レティシアはすぐにその意味に気がついて「おー!」と言った。
ルルはよくわからない様子で「おー?」とマネだけした。
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カイは外に火をおこした。
パチパチと燃える焚き火はなんだか懐かしさを感じさせた。
ケリーは枝に内蔵を取ってきれいにした魚を刺して焚き火にあたるように石で固定した。
「魚を焼いて食べましょうねー!」
ケリーは無駄に大きな声をあげ、「わぁ!おいしそうー!」とレティシアも大げさに返事をした。
魚はジワジワと焼け、辺りにはいいにおいが漂った。
「いい感じに焼けてきたねー!」
ルルも大きな声でそう言った。
「そろそろ焼きあがるかなー?美味しそうだなー!」
カイもそれに倣って大声を出した。
一同は静かにしてまわりの物音を聞いた。
どこかで草を踏む音が聞こえてきた。
「ツキー!魚が焼けたよ!早く食べよう!」
レティシアがそう言うと、いつの間にかレティシアの横にツキがよだれを垂らしながら座っていた。
ケリーはニヤリと笑ってツキに魚を渡した。
みんなはそれを静かに見守った。
「はい、これもどうぞ。」
ルルはもう一本渡した。ツキは夢中で食べている。
そうして5匹ともツキはぺろりと食べた。
食べ終わるとレティシアはツキの腕をガシッと掴んだ。
「捕まえた!」
ツキはビクッとしてレティシアを見た。レティシアは泣いていた。
「レティ?」
ツキはびっくりした様子だった。
「勝手に一人でどこかに行かないで。」
レティシアは泣きながらツキの腕をギュッと掴んだ。
ルルもやってきてツキを抱きしめた。
「そうだよ。家出するなら私に相談してからにしてよね。」
ルルも泣いていた。
カイとケリーも優しい顔で3人を見ていた。
ツキは驚いていたがやがてポロポロと涙を流した。
「わたし、あのね、ごめん…なさい。こわくて、わかんなくて…。どうしていいか…。ごめん、なさい。」
ケリーもやってきて3人を抱くように両手で包み込んだ。カイもその上からみんなを抱きしめて5人は団子のようになった。
しばらくみんなは黙って泣いた。
悲しいのか嬉しいのか、よくわからなくなってしまった。
焚き火はパチパチと鳴り、温かな空間をそこに作った。
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