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王都の料理屋ですが、元相棒の騎士隊長に見つかりました~盗賊団の過去を隠した二人の再会ロマンス~  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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9/21

第六話 二人だけの朝

「いーいにおい」


 三階のヴィエンが泊まった部屋の向かいは、ニケアの住まいになっている。

 起きたら部屋に来いとメモを差し込んでいたので、ノックもせずにヴィエンは扉を開けて入ってきた。

 朝、湯を浴びた後の、濡れたままの髪の毛には、まだ水滴がついている。

 整えられていない前髪がぴょんと飛び出していた。


「なぁに。髪の毛くらい乾かしなさいよ」


 ちらりとヴィエンの方を見ながら、ニケアはすぐにフライパンに目線を戻す。


(なんか、昔のヴィエンみたい)


 跳ねた前髪が妙にかわいく見える。

 それでも、十八から二十二になったヴィエンの体つきは、以前よりも逞しい。

 第三ボタンまで外したシャツから見える胸元に、なんだか少しだけ浮き足立ってしまった。

 適当に拭いてシャツを羽織ったらしく、そこから覗く筋肉がうっすらと水滴を纏っている。


「ニケアしかいないんだしいいだろ」


 そう言うと、ヴィエンはニケアの背後から手元を覗き込む。


「昨日はよく眠れた?」

「ん。おかげで夜の街もよく見れたし、そのあとはふかふかのベッドで眠れたし」

「それから?」

「ニケアの飯のにおいで目が覚めて、最高だ」


 まだ眠気があるのか、少しかすれた声を耳元で聞かせられると、妙に心拍数が上がってしまう。


(なんで私、心臓の音が大きくなってんの)


 ドッドッド、と響く自分の心音に、思わず卵を焼きすぎそうになる。


「ニケア、低い位置で髪をアップにしてんのもいいな」

「……そこに立ってんなら、お皿をとって」


 軽く肘で小突くと、ヴィエンが「はーい」だなんて軽く返す。


(ヴィエンはいつも通りなのに)


 自分だけ少し浮かれているような気がして、それはそれでなんだか悔しい。


 焼いていた目玉焼きを、シチューに浸したパンにのせる。

 ニンジンとキャベツを千切りにしたものにソーセージを加えた、オニオンスープには、チーズを振りかけた。

 それらをヴィエンにテーブルまで運ばせる。


「このシチュー漬けパンの目玉焼きのせ、ニケアの得意料理だ」

「よく覚えてたわね」

「ニケアが作った料理は、どれも覚えてる」


 ふはり、と息が抜けるように笑うヴィエンとこうして朝食を食べていると、本当に昔に戻ったような錯覚がする。


(もう食べることへの心配なんて、ないはずなのにねぇ)


 勢いよく口に運ぶヴィエンの口元には、崩れた卵黄がぺとりと張り付いていた。


「ヴィエン、がっつきすぎ」


 ニケアが自分の口元をミラーリングするように、人差し指でトントンと示す。

 その指先をじっと見つめてくるものだから、思わず笑ってしまう。


「そうじゃなくて。あんたの口元よ」

「あ、こっちか」


 舌先でぺろりと舐め上げるヴィエンに、ニケアはあきれ顔を見せた。


「お貴族様のご子息は、そんなことしないわよ」

「ニケアの前で、そんなん関係ねぇだろ」

「屁理屈ね」


 そう言いながらも、ニケアはどこか嬉しそうな顔を隠せない。


「スープならお代わりあるわよ」

「よそってくる。ニケアも?」


 立ち上がり、二人分の器を手にキッチンへと向かうヴィエンから聞こえる鼻歌に、ニケアもつい合わせて口ずさんでしまった。


「お、いいねぇ。俺ニケアの歌声好き」


 それは、アラリクの子どもたちとよく歌っていた曲。

 たまにボスが四本弦の楽器を鳴らし、ヴィエンがグラスを叩いて盛り上がった。


「思ってたんだけど」


 ヴィエンから器を受け取ると、誤魔化すように語気を強くする。


「なんかヴィエンの声、前より低くなってない?」

「そうか? 声変わりなんて、アラリクんときに終えてたと思うけど」


 あーあー、とヴィエンの出す声を聞いて、ニケアはまた心拍数が上がったことに気が付く。


(なんで、声を聞いてるだけなのに、体がもぞもぞと落ち着かなくなるのよ)


 無意識に唇をすぼめていたニケアを見て、ヴィエンが少しだけ困った顔で自分の前髪をぐしゃりと乱した。


「なんで拗ねてんのかわかんねぇけど、その顔他の奴に見せんなよ」

「――どの顔かわかんないわ。髪、もっとひどくなってる」


 肩を上げて笑えば、前髪がぐしゃぐしゃになったままヴィエンも笑う。

 空になった器を重ね、ニケアはコーヒーを淹れるためにキッチンに向かった。

 食器はヴィエンに洗わせればいいだろう。


(昔みたいで、昔とは全然違う)


 暖かな部屋で、ケトルの沸騰する音が響く。

 静かな部屋で、二人だけしかいない。

 朝の陽ざしが差し込み、テーブルに置かれたカトラリーがその光を反射する。

 

「さ、コーヒーを飲んだら私は仕込みよ。あんたも支度をして、仕事にいそしんで頂戴」


 二人分のコーヒーカップには、開け放った窓の向こうの空が映りこんでいた。



   ***



「この間の男の裏が、やっととれた」


 ヴィエンがピステヴォの三階に泊まった朝から六日後。

 公開演武の日からは二十日が経ったある日の午後一番の時間に、ヴィエンはふらりと店にやってきた。


「まだ営業前ですけどっ?」

「だから来たんだって。仕込みを終えて、営業開始時間までの休憩時間」

「私の貴重な休息を狙いすまして、面倒ごとを持ってきたわけじゃないでしょうね」


 木製の丸椅子に座り、紅茶を飲むニケアの横に座ると、ヴィエンは目の前のクッキーに手を伸ばす。


「食べていいって言ってないけど」

「だめか?」

「話の内容次第ね」


 ヴィエンはちぇと小さな声を出して、背を丸めてテーブルに頬を置く。


「そうやって見上げてもだめよ。――紅茶くらいは出してあげるわ」


(迷子の子犬みたいな目をしてくるのは、反則ね。あれは絶対わかってやってる)


 注がれた紅茶を飲みながら、ヴィエンは公開演武の日に捕えた男の話を口にした。


「ニケアが薬を盛ったあの男の名は、マルキアという。お前の言う通り、北部の出身だった」

「なのに、南の騎士のフリをしてたの?」

「マルキアが騎士団の制服を盗むために、襲った男がたまたま南部の出身だったらしい」

「あぁ、南の方ってあんまり軍が強くないわよね」


 このエウテュケス王国は北部に接している隣国エイレーネと、長年戦争をしていた。

 ヴィエンの義父であるトリエンがその戦争を終えた英雄として称えられるのも、それだけ長期の戦争により、北部が疲弊していたからだ。


 ニケアやヴィエンがスラム育ちだったのも、そうした戦禍の影響もあった。

 アラリクはそうした子どもや、大人でも食うに食えなくなった者たちが集まり、群れとなった集団でもある。


「その通り。イコノク・ラース伯爵令息が、北部の平民に襲われて騎士団服とタグを奪われた。騎士団内でもみ消すのが、大変だったみたいだぜ」

「私に話していいの?」

「ニケアは当事者だろ」

「面倒ごとはごめんだって、言わなかった?」


 話が長くなりそうなので、ニケアは仕方なしに目の前のクッキーをヴィエンに差し出す。


「やった! これニケアのクッキーだろ? 見ただけでわかる」

「私あんたに作ってあげたことあったっけ」

「アラリクで、子どもたちに作ってたのを、こっそり食べてた」

「ちょっと! たまに焼いた数が足りないと思ってたの、あんたのせいだったのね」


 ニケアがふくりと頬を膨らませているのを、口の端を上げて見ながら、ヴィエンはクッキーに手を伸ばした。

 それは口の中でほろりと崩れ、切り刻んだベリーの甘酸っぱさが舌の上に広がる。


「これ! この味だよなぁ。あと木の実砕いたやつも好き」

「……そのうち作ったら、ケークウォークの詰め所にでも差し入れてあげるわよ」

「それ、嬉しいけどあいつらにも食われるやつじゃん」


「たっぷり焼いてあげるわよ。お代はもらうけど」

「俺だけにこっそり」

「なにそれ。こういうのはね、皆で食べる方がおいしいわよ」


「うん、まぁ、そうだよなぁ」

「いらないなら作りません!」

「作ってください」

「早っ!」


 紅茶を口に含むと、ヴィエンは話を戻す。


「マルキアは、北部で食うことができなくなってた」


 ヴィエンの言葉に、ニケアはうなずく。

 北部では珍しいことではない。誰もが寒い土地で、少ない収穫量で、戦争に疲れた顔で、ぎりぎりで生きているのだ。


「もうどうにもならなくなったときに、男に声をかけられたという」

「そいつが、黒幕?」

「一応そう見ている、が」


 もう一枚クッキーを口に入れ、ヴィエンは指を折りながら続けた。


「マルキアが頼まれたことは、三つ」


 一つは、騎士団員のフリをして潜入すること。

 一つは、用意された荷物を、ケークウォークが演武で使うよう適切な場所に置き、誘導すること。

 一つは、ケークウォークの演武中に騒ぎを起こすこと。


「それはなかなか、目の敵にされたわねぇ、ケークウォーク」


 三本目の指が折れたところで、ニケアはため息を吐いた。


(ケークウォークの名を上げさせたくない何者か、の策略かしら)


「荷を置く場所にしても、騒ぎを起こす場所にしても、具体的に指示があったわけじゃないことから、内部に詳しい者ではなさそうなんだよな」

「休憩所に荷を置いたのも、ケークウォークの皆が出入りしてたからだろうな」

「じゃぁ、人数を聞いてきたのも?」

「ニケアだけなら、どうとでもなると思ったんだろ。ま、それが失敗だったってわけだが」


 ヴィエンの言葉に、ニケアが苦笑いを浮かべる。


「私はしがない下町の店主なんだけどね――それで」

「ああ。成功報酬は隣国エイレーネでの生活の保障」

「敵はエイレーネの者だった可能性が?」

「それで調査に時間がかかったんだ」


 隣国エイレーネとは、七年前まで戦争をしていたのだ。

 我がエウテュケス王国が勝利をおさめたとはいえ、いやだからこそ、エイレーネの中に燻る火種もあるのだろう。


「マルキアが言うには、エウテュケス語が話せる世話係を欲している貴族の家での、住み込みの仕事を案内されたという。話していた男の服装を聞くに、どうも執事服を着ていたようだから、そいつの主人が指示したんだろう」

「エウテュケス語? じゃぁうちの国の貴族ってこと?」

「可能性はあるんだけど、いかんせん貴族が多すぎて」


 両腕を上に伸ばし、ヴィエンは投げやりな言葉を放つ。

 これ以上マルキアを取り調べても何も出てこないだろうという状態になったのが一週間前。そこからずっと、王国中の貴族をあたっていたらしい。


「貴族の世話といっても、夏や冬の季節だけの別荘かもしれないしな」

「じゃぁ、これ以上は」

「そ。ここで打ち切りってわけ。そんなわけでニケア」


 ヴィエンは立ち上がると、ニケアの胸の前に手を差し出す。


「俺とデートしないか?」

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