第四話 人気01
公開演武の日以降、ケークウォークとヴィエンの人気はうなぎ登りだった。
(そりゃぁ、アレ格好良かったもんねぇ)
ニケアは二週間前に終わった公開演武を思い出す。
ヴィエンの独演、あの美しい切っ先。
今までの彼の剣さばきからは想像もつかない優美さは、それだけヴィエンが今の地位に就くまでの努力の結晶とも思えた。
「よう、ニケア」
そして今までは必ずケークウォークの隊員と共に店に来ていたヴィエンは、公開演武の後から、ふらりと一人で来るようになっていた。
「ちょっと……。あんまり私と親しくしてると良くないわよ」
この店にファンが押しかけてくることはないが、巡回中のヴィエンに話しかけたくてうずうずしている女性たちは何度も見かけている。
そんな彼女たちに、ヴィエンが懇意にしている女性がいると知られれば、面倒なことこの上ない。
そうニケアに言われたヴィエンは、何を言われたのかと当初きょとんとした顔をしていたが、すぐに破顔する。
そうしてニケアの耳元で、囁く。
「この間の休憩所で親しくなった、ってことにすりゃいいだろ。過去のことに紐づけるやつは、そうそういねぇ」
「……近いわよ」
カウンター越しに、間近になったヴィエンの顔をニケアはぐいと押しのけながら、苦笑いを浮かべる。
(まぁ、そうなんだけど、それだけじゃないっていうか)
当然ヴィエンとニケアの過去については、絶対に誰にも知られてはならない。
アラリクといえば、北部だけではなく、王国全土に知られていた大盗賊団だ。
小さな盗みや強盗などは一切しない。
お宝と呼ばれるような宝飾品や大金を狙うアラリクの獲物は、常に王侯貴族たちだった。
それもあり、王国騎士団はアラリクを摘発対象としていた。だがアラリクは、裏切り者に対しては粛清、排除を常としていたため、捕まることはなかった。
(誰一人、生きて逃げた奴はいなかったはずなのに。どうやって居場所が漏れたのかしら)
秋も深まり、日によっては雪が降ることもある北の地域。
王国騎士団が摘発にきたのは、雪はなくとも寒さの厳しい夜だった。
「あんた、女の子に人気じゃない」
過去のことを言いたいつもりではなかった。
その気持ちが、思わず関係のない言葉として口をついて出る。
瞬きを繰り返しながら言えば、ヴィエンが。
「なんだ。ニケアもケークウォークに入りたいのか」
「どうしてそうなるのよ」
「今言っただろ。俺たちは人気者だ」
「自分で言っちゃうの、あんたらしいけど」
ヴィエンはニケアの肩に腕を回す。
「ちょっと! 親し気すぎるわよ」
「ニケアもうちに入れば、大人気になれるぞ」
肩にのるヴィエンの手のひらは、昔よりも少しだけ大きく、ごつく、そしてきれいになっていた。
その手の甲を、ぺしりと叩く。
「痛って」
「たいして痛くないくせに」
笑いながら、ニケアはヴィエンの腕を引きはがす。
「私は剣が強くないの」
「ああ、知ってる。その代わり、お前はココが強い」
とんとん、とヴィエンは自分のこめかみを軽く二度突いた。
アラリク時代に、若手の取りまとめと現場指揮をしていたヴィエンの参謀役。
それが厨房係と兼務していた、ニケアだった。
「――私が剣が強くないのは、宿屋と料理屋の店主だから、よ」
ニケアはカウンターの下からエールのジョッキを持ち上げる。
それをそのままヴィエンに押し付けた。
「ほら。料理屋に来たんだから、酒と食べ物の注文して頂戴」
胸元に押し付けるニケアの腕は、とても市井に住む女性とは思えない程度には力強い。
それを感じながら、ヴィエンは笑みを浮かべ受け取った。
「んじゃ、あとは五本足のタコとキノコのアヒージョと、本日のパンを頼む」
「ペンデパス、あんた好きよね」
思わず漏れたその言葉に、ヴィエンは目を細める。
「へぇ、覚えててくれてたんだ」
「そういうわけじゃなくてっ」
アラリク時代、北の湖で釣れる五本足のタコがヴィエンは大好物だった。
「とりあえず、私はこの店があるから。ここで生きてく邪魔にならないようにしてよね」
手元でペンデパスの処理をしながら、文句を言う。
そんなニケアをヴィエンは優しい瞳で見つめながら、「できたら運んでくれ」と笑って、新たに店に入ってきたケークウォークの隊員に声を掛けに行くのだった。
***
「隊長、すっかり酔っぱらってるじゃん」
あのあと、ドルトを含めた複数人のケークウォーク隊員が店に来て、大盛り上がりだった。
なんでも公開演武のあと、ケークウォークの皆に貴族女性がやたらと声をかけてくるようになったらしい。
ニケアの耳に聞こえてきた分だけでも、相当数の女性の名前が挙がっていた。
(そういう話で盛り上がるのって、騎士も盗賊も市井の人たちも、皆同じなのねぇ)
料理屋と言っても、酒場のような趣もある店だ。
酒を飲んで盛り上がれば、女性はコイバナで盛り上がるし、男性は猥談で盛り上がる。
(ま、下品な話をしてなかっただけ、騎士ってのはマシなのかもね)
人のいなくなった店内を片付けながら、ドルトの声に曖昧に笑みを浮かべた。
「ドルトさん、ヴィエンを連れて帰れる?」
「隊長の家かぁ。ちょっと行き辛いんだよな」
「不便な場所なの?」
テーブルに顔をひっつけて眠っている――ように見えるヴィエンを見ながら、ニケアは小首を傾げる。
「場所っていうか、コイツの親父さんが厳しいからさぁ」
「親父さん、が」
これ以上は、他人から聞くべきことではない。
そう感じたニケアは、ヴィエンの顔のすぐ近くにある皿を重ねて厨房へと運んだ。
(親父さんがいる、ということは、やっぱり養子になったということなのかな)
次の更新は19:40です。




