第三話 演武にて
盗賊団の頃、ヴィエンはとてつもなく強かった。
敵を出し抜き、生き抜くために戦う。
その手段は泥臭かったが、それはニケアたち仲間を守るためのものでもあった。
(すごく……きれい)
今、ニケアの目の前で繰り広げられている演武を見て、素直にそう思う。
円形闘技場の中心には、ヴィエンとドルトが立つ。
二人の剣筋は、まるで水が流れるような流麗さを見せ、しなやかな体の動きは、泥臭さとはまるで無縁の洗練されたものだった。
そこからヴィエンの独演に切り替わる。
円を描きながらゆっくりと動く剣は、見た目には緩やかで優美だが、実際はヴィエンの通常の剣速からすればかなりの技術を要するだろう。
それを僅かにも切っ先の揺らぎを見せずにぴたり、ぴたりと止めていく動きに、ニケアは目を奪われていく。
周囲の客席からは黄色い声が上がる。
ヴィエンの金茶色の髪は、いつもよりも高い位置でまとめられ、夕日を浴びてきらきらと光っていた。
「ヴィエン・バーゼル」
ニケアは、演武の冒頭にヴィエンの紹介として呼ばれた名前を口にする。
今までなかったはずの家名が付いたヴィエンに、驚きと納得の気持ちが入り混じった。
(バーゼル王国騎士団長と同じ家名……。騎士団長の娘に婿入りしたのか、養子になったのか)
結婚したのであれば、さすがにニケアにもその旨を告げるだろう。
そう考えると、おそらくは養子だ。
「なんで、よりによって王国騎士団長の――?」
ニケアたちのいた大盗賊団アラリクを解体させたのは、その王国騎士団だ。
そして、ヴィエンはニケアを逃がし、囮となって彼らに捕まった。
(騎士団長と何か取引でもした? でも、ヴィエンが仲間を売ることは絶対にあり得ない)
裏切り者には厳しいアラリクで、粛清を担当していたのもヴィエンだった。
かつての仲間を粛清しなければならなかった夜は、いつもニケアのそばに来て、泣きそうな顔を隠しもしなかった。
(たとえアラリクの決まりであっても、ヴィエンは本当は仲間を殺したくはなかった)
演武の美しい型を見せるヴィエンを見て、まるで知らない世界の男のように感じてしまう。
それでも、彼の赤い瞳に見える強い意志は、あの頃と変わりがないように思えた。
(いつも私たち若手のまとめ役として、現場の最前線に立っていたときと同じ)
ニケアの脳裏には、かつてのアラリクでの彼の姿が浮かんだ。
彼の参謀でもあったニケアの横で、現場を見回し、危機があればすぐに駆け付ける。
崖上で全体指揮をしていた夜、敵の伏兵が現れ崖を一気に馬で駆け下りた姿は忘れられない。
「あれ?」
円形闘技場では、ヴィエンとドルトに他の隊員が合流した。
ここから集団演武へ移るのだろう。
「なんか――変じゃない?」
ニケアが今いるのは、すり鉢状になっている円形闘技場の地面と、同じ高さにある休憩所の前だ。
その丁度対角線上の向かい側にあるのが、貴族席。
地面から数段上がった部分から、座席が用意されている。
椅子にふかふかのクッションが設置されていたり、一人分の幅が広かったりと、平民の席とは明らかに違う作りになっていた。
その貴族席の前にある防護柵には、そこだけ美しい飾りが付けられている。
(飾りのせいかな?)
ニケアの目の前にある防護柵と比べて、わずかに歪んで見えた。
リボンが大きく結ばれているせいで、平衡感覚がおかしくなっているのかもしれない。
そう思うが、どうにも気になって仕方がない。
(仕方ない)
柵の状態に妙な違和感がぬぐえないまま放置するのは、気持ちが悪かった。
貴族席へ入ることはできないが、すぐ近くの貴族席までは移動することが可能だ。
ニケアは密かに移動する。
(今、一瞬目があった?)
集団演武の最中だというのに、ヴィエンの視線を一瞬感じた。
ヴィエンは部隊の位置調整をしながら、演武を見せるのに集中しているはず。
(目が合うわけないか――それより)
目と鼻の位置まで近づいた貴族席前の防護柵。
そこに飾り立てられているリボンの端が、妙に長かった。
ニケアは意識を集中させ、視線を凝らす。
(あの継ぎ目にひっかかるように、リボンが掛けられてる。その先は)
防護柵の接続部位にリボンが掛かっているということは、締めが甘いともいえる。
しかもその先端は地面に伸び、演武の仕掛けに使うためなのか、地面に敷かれた板の下に嵌め込まれていた。
「危ないんじゃない……?」
そう思って演武の方へと目をやれば、最大の見せ場を貴族席の前でするためなのか、剣を回しながらこちらへと移動してきていた。
「いや、危ないわよ!」
けれどここで大声を出せば貴族に気付かれる。
貴族に気付かれれば、騒ぎになる。
それも、この演武の主役はケークウォークであり、その隊長であるヴィエンだ。
(あいつの見せ場を、失敗に終わらせるわけにはいかないじゃない)
経緯はわからないが、第二王都で名声をあげ、王国騎士団の直属部隊の隊長にまでなったのだ。
ヴィエンの守るべき場所を、持ち場を、ともに戦っている仲間たちを、嘲笑に変えさせたくはない。
(方法は――)
ニケアは唾を飲み込む。
ごくり、と喉を通過する音が耳の奥でする。
部隊の一番外側にいる三名が、貴族席のすぐ近くまで到着しそうだった。
(ヴィエン、気付いて!)
首に下がる鎖を引き抜く。
その先にある小さな笛を口に当てた。
――ピィ! ピィ!
細く、高く。
まるで鳥の声のような音が鳴る。
それと同時に。
隊員三名の足が、リボンを嵌め込んだ板にかかる。
三人分の荷重がかかり、板はわずかに歪んだ。
下に嵌め込まれたリボンが引っ張られ、防護柵の一部がみしりと小さな音を上げる。
隊員の顔が、一瞬焦りの色に染まった。
バランスを崩しかけた隊員が、貴族席側に倒れそうになる。
剣が一瞬だけ宙に浮きかけた、その瞬間。
ダンッ、と大きな音がする。
(――間に合った!)
ヴィエンの体が三人の隊員と防護柵の間に滑り込む。
地面に敷かれ、傾いた板の上に片手を置くと、体で大きく天に向けて半円を描く。
靴先で浮きかけた剣の先を抑え込み、もう片方の手に持った自分の剣で残りの二人の剣をさらりといなした。
そのままヴィエンの体はぐるりと宙で一回転する。
夕暮れの空に、ヴィエンの体のシルエットが浮かぶ。
彼の手にある剣をくるりと旋回させて、体は地面へと着地した。
顔を上げたヴィエンは真っ直ぐに前を向く。
赤い、赤い、真っ赤な瞳が見据える先にいたのは、ニケアだった。
(今、ね)
それを合図に、ニケアは大きく手を叩く。
呼び水のようにすぐに周囲から拍手が起こり、ヴィエンと三人の隊員の動きは演武のクライマックスと観客には理解された。
(どうにか、なった……)
小さく長く、息を吐きだす。
久しぶりに使ったその小さな笛を再び胸元に隠すと、ニケアは静かにその場を背にする。
闘技場の中では、ヴィエンたちが周囲に挨拶をして回っていた。
そんな湧き上がる拍手の中の挨拶を、忌々しく見ている男がいたことなど、誰も気付かないままに。




