第二話 公開演武02
(あんなとこに荷物なんて、あったっけ)
この休憩室の奥、ニケアの立つ調理エリアの先は、緊急時の通路となっていた。
その通路にかかるように置かれた荷物は、いつの間に、誰が持ってきたのだろうか。
(騎士団員の誰かが置いていったのかな。それなら私が気付かなくてもおかしくない)
僅かに思案の海に入りそうになるそのとき。
「ねぇねぇ、ドリンクってお代わりできる?」
カウンターに体をもたれかけ、ニケアを覗き込むように声をかけてくる男がいた。
赤い短髪の髪に、ピアスをつけた耳。狐のような細目が、ニケアを見つめてくる。
「はい。どれをご希望ですか?」
「君のおすすめがいいな~」
(なんか……チャラいタイプ)
ドルトもチャラいが、彼は距離の詰め方をよく知っていた。
女好きなドルトは、好きなだけに女性が苦手な距離感というのをわかっているのだ。
「ここの休憩所、今は人数少ないけど、人来てるの?」
(失礼ね。今はちょうどお昼時間を過ぎたから、人が少ないのよ)
腹は立ったが、相手は客だ。言い返す必要はない。
「今はちょうど波が引いてますからねぇ。多い時は割と席も足りなくなりますよ」
「ふぅん。何人くらい?」
(うざっ! 何なのこの人)
へらへらと笑っているのも、気分が悪い。
こういう客は店にもたまに来るが、大抵は下町の親父どもなので、相手をするのも気楽だった。
騎士団の服をきっちりと着ているこの男は、もしかしたら貴族の子息の可能性もある。
下手に口答えをするのは、悪手だ。
「ところで! このドットルンコーヒーがお勧めです」
話を変えようと、最初に尋ねられたことを返す。
どうせなら一番金額の高いものを勧めてやろう。そう思ったニケアは、追加料金の発生する高めのコーヒーをメニュー上で示す。追加料金のマークを見て、男は少しだけ戸惑った顔をするが、後には引けないと観念したのだろう。
「ではそれで。はい、タグ」
話を切り上げられたからか、それ以上男が話を続けることもなかった。
見せられたタグの番号を、手元でメモする。
(この番号の人って……)
ニケアはさりげなく部屋の中を確認すると、部屋の外に良く知った気配が近付いてくるのを感じた。
「――では、淹れたらお持ちしますね。お席はどの辺ですか?」
「うん、よろしく。あの奥側の席だから」
男が指した席の周囲は、人があまりいない。
(ちょうどいいかも)
ニケアは笑みを浮かべ、男が席に向かうのを見送った。
「なに? 警戒した顔してる」
「……気配消して近付くの、やめてくれるかな」
先ほど扉の外に感じた気配が、いつの間にか近くにいる。
「ヴィエン、あそこにある箱の中身、確認してもらえる? あと」
視線だけで荷物を示すと、そのままカウンターに置いた指を左に動かす。移動した先で、トントン、トンと不規則に三度カウンターを叩いた。
ヴィエンの首が僅か二度ほど下に下がる。
「ドルト、皆を連れて奥の席で座っててくれ。ニケア、俺たちにもコーヒーを」
ヴィエンはコーヒーを頼むときに、隊員たちに目線を送った。
ケークウォークの隊員たちはまとめて移動し、ヴィエンの動きを隠す壁を作る。
(ごく自然な動き。統率が取れてるのは、さすがヴィエン隊長ね)
それを見ながら、ニケアは手元の帳面を捲った。
(やっぱり。あの男のタグ番号は、本人のものじゃない)
タグ番号には規則性がある。
いざ敵陣で死を迎えた後に、親類縁者へ連絡するために、出身地がわかる記号が入れられているのだ。
最初に基本セットを頼んできたときには気付かなかったが、親し気に話しかけてきたことでニケアの注意が向いてしまった。聞き出したいことがあったのかもしれないが、だがそれが男の失態だろう。
(王都の南側出身の騎士が、北の訛りを隠すような発音をするわけがない)
ニケアたちが生きてきたのは、王国の北の端。
寒さの厳しい地域で、飢えと寒さに凍えて生きていた。
だからこそ、聞き間違うはずはない。
男はその北の訛りを隠すように、王国流の発音をしていたのだ。
「ニケア。あの箱の中は演武用の剣だ」
知らない間に置かれた箱の中身を確認したヴィエンの言葉に、ニケアは詰めていた息を吐く。
「――なんだ。じゃぁ私の思い過ごしだっ」
「ただし」
言葉を言い終わらないうちに、ヴィエンはニケアの耳元に口を寄せた。
「本来潰されているはずの刃が、そのままだった」
(それって)
この場にある剣を使うことはないかもしれない。
だが、剣の置き場が変更になったと虚偽の連絡がケークウォークに入っていたら?
下手をしたら通常の剣で演武をすることになっていたかもしれない。
万一手が滑りでもすれば、大惨事となるだろう。
「いつ置かれたかは?」
ヴィエンの問いに、ニケアは首を振る。
昼前にはなかったので、混雑の間にさりげなく置かれたのかもしれない。
「あっちは?」
ヴィエン目線が男の座る方へ一瞬だけ向かう。
「タグが別人のものだと思う。南出身の記号があったけど、訛りは北」
「――北」
「だから間違うわけがないのよ」
ニケアは手元のカップにコーヒーを淹れていく。
その一つに、粉薬を溶かした。
「あの人、この部屋に何人くらいの騎士が集まるか、聞いてきたわよ」
その言葉に、ヴィエンの片眉が上がった。
(楽しくなってきたときの癖、変わらないわねぇ)
悪だくみをするとき、敵を叩きのめすとき、そして事を有利に引き寄せられそうなとき。
ヴィエンは決まって片眉を上げて笑った。
「ほら、隊員たちのところに行って。怪しまれるわ」
ニケアの言葉に、ヴィエンは片手を軽く上にあげて背を向ける。
そのまま皆に合流すると、件の男を囲うようにして話しかけていた。
「貴殿はどちらの部隊の?」
そんな声が聞こえる。
どうやらうまくやっているようだ。
(じゃあ、私のやることをしないとね)
先ほど蒸しあげたプリンとコーヒーをトレイに載せると、ニケアは彼らの方へと向かう。
「お待たせしました! オーダーのプリンとコーヒーです。そちらの方も、プリン追加でいかが?」
(皆の分は、あとでヴィエンに払ってもらおっと)
ニケアはプリンをテーブルの端に置くと、手前の隊員たちから奥へと回していくように指示をする。
彼らがプリンに意識を持っていかれている間に、コーヒーを一人ずつに配り歩いた。
「お待たせしちゃってごめんなさいね」
先ほどの男にも、手渡す。
全員が同じカップ。
同じタイミングで提供しているのだ。警戒することもないだろう。
(あの粉薬は、においも味もしないし)
ケークウォークの隊員たちは、ヴィエンがコーヒーに手を付けるまでは動かない。
代わりに、プリンへと手を伸ばした。
「うわっ。おいしい! これすごいな」
「このプリン、店にもある?」
「ツルツルしてて、喉越し最高」
そんな言葉を口にしながら、勢いよくプリンを食べる隊員たちを前にして、男は手元のコーヒーへと口を付けた。
「なんだか皆さんが食べるのを見てたら、欲しくなったな。僕にもプリン、もらえる……か……」
男は言葉を言い切る前に、体を前後にふらふらと揺らせながら、瞼を閉じてしまう。
鼻がつまっているのか、すぐにズオオと大きないびきを立て始めた。
「――寝たか」
ヴィエンの言葉に、ニケアは男の飲んでいたコーヒーカップを黙って回収すると、スカートの裾を翻して調理場へと戻っていく。
すぐにコーヒーを洗い流し、証拠を消した。
「た、隊長。結局何があったんスか?」
寝入っている男を見下ろしながら、隊員の一人が尋ねる。
「どうもな。こいつは偽物の騎士団員らしい。そして」
入り口にあった不審な箱の中身についても説明すると、隊員の表情が一斉に引き締まったのだった。




