第二話 公開演武01
王都の建国祭りであるイシュア祭にあわせて、王国騎士団直属遊撃隊『ケークウォーク』公開演武会が開催されることになった。
「私、気楽にイシュア祭を楽しみたかったんだけど」
自分よりも背の高いヴィエンを見上げながら、ニケアはカウンターの目の前に立つ彼に文句を言う。
公開演武を中心に、祭最終日の騎士団、及びケークウォークの休憩所をニケアの店である『ピステヴォ』が請け負うことになった。
二人が今いる臨時の小屋の中は、厨房とカウンターを備えた飲食店さながらになっている。
「って言いながら、稼ぎ時だって張り切ってたのは誰だっけ」
「はいはい、それは私です。稼げる時は稼いでおかなきゃ」
ため息を吐きながら両手を上げて、苦笑いを浮かべる。
それを見たヴィエンは、手渡されていた赤い水を一気に飲み干した。
「あー、これだよこれ。ニケアの作るシーソ水。少し酸っぱくて、元気が出る」
「ヴィエン、昔からそれ好きよね」
「これだけじゃないけどな。俺はニケアの作る飯も好きだし」
「私のごはんは、おいしいからね」
そう言って空になったグラスに、お代わりを注ぐ。
透明のグラスが徐々に赤く染まる。
「ところで、俺がこれを昔から好きって、なんで知ってるんだ?」
ニケアが二人の関係を隠そうとしていることに気付いているヴィエンは、うっかり口にした彼女のそれに、にやにやと笑みを浮かべた。
その言葉に、ニケアは自身の失言に気付き、シーソ水のように顔を赤くさせる。
「俺は別に構わないけど?」
「――そういうわけには、いかないでしょ」
まだヴィエンがどういう経緯で、今の立場にいるのかは聞けていない。
そんな状態で、二人の関係を周囲に明かすわけにはいかないのだ。
「すいませーん。ここで飯食えるって聞いたんだけど」
騎士団の一人が、ニケアたちのいる休憩所に入ってくる。
「はいはいっ! 用意できてますよ~。ほら、ヴィエンもこれ食べて」
ニケアは慌てて、作り置きしていたシチューを木皿に二人分盛ると、ヴィエンと騎士団員へと手渡した。
この円形闘技場の端にある休憩所の食事をニケアが担当することになったのは、ヴィエンを始めとした、隊員たちの篤い推薦によるものだった。
(でも、公開演武って見たことないから、近い位置で見れるのはラッキーなのかも?)
イシュア祭とはこのエウテュケス王国の初代国王の名を冠した祭で、建国記念の日を最終日とした三日間、国を挙げて祭となる。
「ニケアちゃんのご飯早く食べたいーっ」
「腹減った~」
今度はケークウォークの隊員たちが顔を出す。他にも続々と現れて、見知った顔以外も増えてくる。
「ビーフシチューと、レタスサラダは基本セットです。タグを見せてくださいね」
王国騎士団に所属している人間は、皆ドッグタグを身に着けている。
それを確認することで、この場で金銭のやりとりをせずとも、後清算ができる仕組みになっていた。
ニケアは提示されるタグの番号をメモし、あとで手が空いたときに控えと照合する流れにしている。
「あと、追加料金でチキン揚げ、コッドフリット、ポテトフライも召し上がっていただけま~す」
ちなみに、騎士団からの依頼は基本セットと飲み物の用意だけだったが、別料金でのオプション提供については、ヴィエンを通じて提供可能にしてもらった。
小屋の中にはキチンとポテト、それにコッドを揚げるパチパチという音と、香ばしい香りが広がる。それにつられて、多くの騎士たちが追加注文をしていた。
(結構あっさり許可がでたのよねぇ。さすが隊長ってこと? それともコネでもあるのかしら)
こうした申請には時間がかかるもので、昨年似たようなことをしていた店舗に聞いたところによると、三週間待った上に却下されたという。
(まぁ、ラッキーってことにしとこ)
君子危うきに近寄らず。
触らぬ神に祟りなし。
ニケアの信条は、余計なことに足を突っ込まないであった。
昨晩から仕込みをしていたビーフシチューは肉はとろとろで、野菜もやわらかい。隠し味にしているはちみつとリンゴのすりおろし、それにほんの少しのコーヒーが良い仕事をしてくれている。
レタスのサラダはニケアの店『ピステヴォ』の特性ドレッシングがかかっていた。酸味と塩味、それにオイルのバランスが絶妙で、常連客の中にはドレッシングだけ舐めたいという人もいるくらいの人気作だ。
それらに、炭水化物としてパンかパスタを選ぶことができた。
昼時の今は、それらが飛ぶように消えていく。
体を使う騎士たちは、食の量も多い。貴族子息のひょろひょろ騎士であっても、腐っても騎士なのか、何度もお代わりをもらいに来ていた。
「んじゃ、俺らはちょっくら見回りに行ってくるから」
四回目のお代わりを終えて、食後のコーヒーを飲み終えたヴィエンが皿を戻しにカウンターで声をかける。
「演武は夕刻からだっけ」
「そうそう。王都の見回り終わったらまた寄るから、甘いもん用意しといてくれ」
「別料金でよければ」
そう告げれば、ヴィエンは首元のドッグタグをかちゃりと見せて了承を伝えた。
隊長のヴィエンの掛け声に、室内にいたケークウォークのメンバーは席を立った。残っているのは王国騎士団の団員だろう。
「せっかくだし、新しいお客様の獲得チャンスを逃さないようにしないとね」
皆を送り出した後、ニケアは大きなボウルに卵を山ほど割り入れて、そうごちた。
***
ヴィエンたちが戻ってきたのは、それから数時間後だった。
その間も休憩所は盛況で、多くの騎士団員が入れ代わり立ち代わり、食事をとりに来ている。
(この調子なら、祭の後もお客さん来てくれそう)
思わず変な笑いがこぼれそうになるのを誤魔化しながら、ニケアは蒸し器の蓋を開いた。
(……うん?)
その蒸気越しに見えた景色に違和感を覚える。




