第十八話 アラリク02
拘束されているために、その場から立ち上がれないカルケルの襟元を引き寄せると、ヴィエンはこれまで出していたようなものとは種類の違う、低い声を出した。
「ちょっと黙ってろ」
「――ひ」
「あぁ、あの頃を思い出したのか?」
小さな声をこぼしたカルケルに、ヴィエンは口の端を上げて笑う。
(ヴィエン、アラリクの頃に戻ってる?)
それは、彼が敵を殲滅させるときに見せる声と表情だった。
おそらくカルケルは、粛清されたときの恐怖を思い出したのだろう。
「ボスは裏切りを許さない。お前の粛清はボスの指示だ。だがな」
ドルトはヴィエンのその姿をじっと見ている。
トリエンと副団長はそんな彼を知っているのか、動じずにヴィエンのさせたいままにしていた。
「俺は後悔してるよ。お前をあのとき、きっちりと消さなかったことを。真冬の谷の底まで、お前の命を仕留めにいかなかったことをな」
引き寄せた襟元から手を離すと、カルケルの体はそのまま床に打ち付けられる。
「おかげで、お前は俺を恨み、アラリクを壊滅させたんだから」
ヴィエンはトリエンの前に行くと、隊服の胸元に付いているケークウォークの隊章を外した。
それをトリエンに手渡す。
「こいつのいう通り、俺はアラリクの出身だ。あんたが手を回してくれたお陰で、こんな立場になれたけどさ。やっぱり俺にはここは似合わないな」
「辞めるのか」
トリエンは手のひらに置かれた隊章を見た後、ヴィエンへと目を向ける。
「このままだと、あんたやケークウォークの名誉を傷つけることになるだろ。トリエン、養子も解消だ。そしたら、ただの平民の俺を捕まえてくれ」
「あら、だったら私も同じね。アラリク出身の平民だもの。ヴィエンよりも先に捕まえて」
ニケアのその言葉に、ヴィエンが表情を険しくする。
「お前は違うだろ」
「何が違うのよ。私がアラリクにいたのは本当。ここにいる皆さんにも、知られちゃったし」
ニケアは両手を揃えてトリエンに差し出す。
「あぁ、処刑されるかしら」
その両手をヴィエンが掴み、自身の額へと引き寄せる。
「頼む。ニケアは生きてくれ」
「ヴィエン。あんたはちゃんと、私を見つけてくれたじゃない。それで十分」
――ニケア! 絶対に生き延びろ。いつか俺が探し出すから。
あの日の言葉が脳裏によみがえる。
その約束は果たせたのだ。
彼と一緒に処刑されるのであれば、それはそれでいいのかもしれない。
自分だけが生き延びても、もうどうしようもないくらいに、ニケアの生活は、感情は、ヴィエンで埋め尽くされていた。
「トリエン、頼む。処刑は俺とカルケルだけでいいから」
ヴィエンの言葉に反論しそうになったカルケルは、副隊長の手により喉元を抑え込まれる。
「あんたがいないのに、私が生き延びたって意味がないわよ」
「駄目だ! ニケアは……。俺の太陽は、生きててくれなきゃ駄目なんだ」
ニケアの手首を胸元に引き寄せて、耳元に唇を落とす。
「俺、ニケアがどこかで生きてるって思えたから。だからここまで生きて来れたんだよ」
泣いているのかと思った。
ヴィエンの声が、聞いたことがないくらい震えていたから。
そっと彼の胸から顔を引き離し、顔を覗き込む。
そこには、震える口元で必死に笑みを浮かべようとしていたヴィエンがいた。
「ニケア、頼むから」
トリエンはヴィエンの横に立ち、手のひらの隊章をヴィエンへと突き返すと、少しだけ困ったような笑みを浮かべた。
「それがなぁ。アラリクに関してはすでに調書を陛下に収め、解決済みとされているんだ。今更ひっくり返すわけにはいかなくて」
その言葉に、副団長も頷く。
ドルトはどこかほっとしたような、そんな表情を浮かべた。
「まぁだから、お前は辞める必要はないんだが」
「――それでも、万一のことがあるだろ。ケークウォークの名誉が傷つけられるのも、嫌だし」
(まったく。どこまでいっても、仲間思いなのねぇ)
ニケアはそんなヴィエンが掴んだままの手首を、くるりと回す。
簡単にヴィエンの手の中から抜け出したその両腕を、今度は彼の背に回した。
「……ニケア?」
「まったく。あんたは冷静なくせに熱くなりやすくて、行動派のくせに心配性なんだから」
すり、とヴィエンの頬に顔を寄せた後、ニケアはその手を離す。
「ヴィエン」
彼の瞳を見上げる。
赤い、赤い、情熱的な瞳。
そこにニケアだけが映っていることが、妙に嬉しかった。
「私、店をたたむわ。どっかの街でまたやり直す」
その言葉に、ヴィエンはニケアを引き寄せ抱きしめる。
そしてそのまま、彼女を抱えあげた。
「ちょっと! 何を」
「はは! ニケアは本当に」
そっと床に下ろしニケアを見つめると、ヴィエンは一瞬だけ口元を引き結んだ。
ヴィエンは小さく、は、と息を吐き、ニケアの手を取る。
「ニケア、好きだ。愛してる。俺と一緒に歩いてほしい」
部屋の中にいるのは、ニケアとヴィエンだけではない。
トリエンも副団長もドルトも、そしてカルケルもいる。
けれど、まるで二人きりのような気がするほど、周囲から音が消えた。
「まったく」
その静寂を破るように、ニケアが明るい声を上げる。
「ヴィエン、あなた料理はできる? それとも宿の掃除係?」
トン、とヴィエンの胸元を手の甲で軽くたたくと、ニケアは彼を見上げた。
「私も、あんたのことが好き」
ニケアのその言葉に、カルケル以外の全員が歓声をあげる。
「もう一度、二人で新しく生きていこうか」
ヴィエンはニケアの耳元でそう囁き、そのまま唇を重ねた。




