第十九話 相棒
「ニケアちゃーん。エール追加で十六個お願い!」
ピステヴォの奥のテーブルから、ドルトの声が響く。
ニケアがエールを四つ手にしたところで、残りの十二個をヴィエンが持ち上げた。
「あいつ、俺が今日非番だってわかってて、まとめて頼んできたぞ」
笑いながら、ヴィエンはニケアよりも先にエールを運ぶ。
「隊長、今日非番スよね」
他の隊員が笑いながら言う。
「たったいま、店員の仕事が入った」
「まるで私がこき使ってるみたいな言い方やめてよ」
ニケアの持ってきたエールをドルトが受け取る。
「非番の日のヴィエンは、どうせ一日中ニケアちゃんの周りでグダグダしてるんでしょ。こき使ってやってよ」
「普段はちゃーんと、王都の警備をしてくれてる隊長さんじゃない。休みの日くらい……そうね、体が鈍ったら良くないものね」
そう言ってからからと笑いながら、ニケアは店の逆側で呼ぶ客の元へと向かった。
「うーん。やっぱりかわいいなぁ」
「あれは俺のだぞ」
ドルトの言葉にすかさず返すヴィエンに、隊員が皆笑う。
「ニケアちゃん、どう見てもヴィエン以外興味ないから」
「隊長って、結構心配性っスね」
「そりゃ、あんだけイイ女が嫁さんじゃ、心配にもなるだろ。ねぇ隊長」
「それもそうか――結婚式はいつなんスか?」
皆がヴィエンという肴でエールをあおる。
カルケルの取り調べからわずか数日。
トリエンの言う通り、ヴィエンとニケアの過去については一切問われることがなかった。
ドルトも隊員たちに何かを言うことはなく、ピステヴォにいつも通りの日常が帰ってきている。
ただ一つ、ニケアとヴィエンが籍を共にすることになった以外は。
「それが、ニケアはやらなくていいって」
「えっ。ヴィエン、それを真に受けちゃったの?」
ケークウォークのテーブルが、一瞬にして静かになった。
ヴィエンはエールをぐいと飲み干すと、にやりと口の端を上げる。
「……な、ワケねぇだろ」
小さく続けたヴィエンの言葉に、一気に沸き立った。
「でだ、な」
ヴィエンは口に手を当て、小声で話す。
「来週の日曜。ニケアをうまいこと、詰め所に連れて来れねぇかなって」
彼がそのあとに告げた内容に、ドルトを始め全員が口の端を緩ませていった。
***
カルケルと二人の男は、誘拐暴行及び、王国騎士団直属遊撃隊の職務執行妨害として、正式捕縛された。
その後の調査で、没落男爵ウェスミン家を騙し入り婿として入ったカルケルが、妻に毒を盛って体を弱らせ、妻と家族を他国に移住させた上に、監視下に置いていたことの裏が取れる。
「たとえ領地のない貴族だったとはいえ、男爵家の直系を害した罪は重い。カルケルはその罪で、他二人とともに処刑になった」
「……うん、なるほど。ところで、ヴィエン?」
ニケアは目の前で、にこにこしながらカルケルのその後を話すヴィエンの鼻を、ちょんと摘まむ。
「なんで私は、きれいな侍女さんに着替えさせられて、こんな――こんな素敵なドレスを着てるのよ!」
王城にあるケークウォークの詰め所に、ドルトがヴィエンのことで大事な話があるとニケアを呼び出したのは、今日の朝早く。
あの取り調べの日に同席していたドルトからそんなことを言われたら、ニケアは「やっぱりヴィエンが捕まることになって」と言われるのではないかと、気が気でないまま大急ぎでやってきたのだ。
――そう。
あの日、ヴィエンとニケアの過去を知ることになったドルトだが、彼は全く変わることがなかった。
「とりあえず、私と副団長はヴィエンの過去を知っているし、アラリクのことは解決済みだからニケア嬢についても不問だ。お前がいないと、ケークウォークの能力を完全に出し切れないから、辞職は認めん」
トリエンがそう告げれば、ヴィエンはそれ以上何も言えない。
仲間思いのヴィエンが、彼らが能力を存分に発揮できなくなると言われれば、辞職を撤回せざるを得ないのだ。
(トリエン団長は、ヴィエンのことをよくわかっているわ)
それが妙に嬉しかった。
ヴィエンの周りに、彼のことをわかっている人間がいることが。
一人きりで歯を食いしばり、逃がした仲間のことだけを気にかけて生きてきただけではないと、見守ってくれた人がいたことが。
(まぁ、とんでもない経緯で、ヴィエンを養子にした人ではあるけど)
それでも、養子としてきちんと見ててくれたのだと思うと、なんだか嬉しかったのだ。
さらに、ニケアもまた店を続けることになった。
「俺が隊長として残るなら、ニケアの店がなきゃだめだ」
まるで駄々っ子のような口調でヴィエンが言い放つと、三人の視線がニケアに注がれる。
「……まぁ、私としても、城を残しておけるのであればそれはそれで」
「やった! じゃあそのニケアの城に、俺も住む」
「ええ?!」
ニケアにとっても、この三年必死で作り上げてきた自分の居場所だ。
続けられるのであれば、その方が嬉しい。
そう思って返事をしたのに、そこに続く言葉はさらに予想外のものだった。
「ニケアの籍を俺に入れる。今、俺はトリエンの養子だ。これでニケアの過去も守れるだろ」
ヴィエンはニケアを見つめ、小さく首をかしげる。
「嫌か?」
「その顔は、反則でしょ」
不安気なその表情があまりにも無防備に見えて、思わず絆されてしまった。
けれど、ニケアのその返事を聞くとヴィエンは片眉を上げて笑う。
「じゃあ決まりだな」
「ちょっと! 今のわざとっ」
「それはいいな。今日二人がそろって王城にいるし、このあと書類をもらってこい。私がサインする」
ニケアが文句を言いかけたところで、トリエンまでが話に入ってきた。
トリエンがその気になったことで、あれよという間に入籍まで終わらせてしまう。
スラム生まれアラリク育ちのニケアには、戸籍などない。
平民であればそれでも誤魔化して生きていけるが、騎士団長権限でうまいこと誤魔化して、ニケアはヴィエンの妻という立場で新しい戸籍を得ることができた。
「結婚式は、いいって言ったのに」
ケークウォークの詰め所に来たニケアを、ドルトの実家の侍女がすぐに小部屋に連れ去り、ドレスアップさせた。
真っ白のドレスはニケアの体にぴったりで、聞けば以前のドレスショップで作らせたという。
赤茶の髪をきれいに編み上げ、アップにする。
そこに飾られるのは、王国騎士団の訓練場脇に咲いていたという、白いバラ。
朝からヴィエンが摘んできたというから、想像すると思わず笑みが浮かぶ、
そうして支度を終えたニケアを迎えに来たのは、これまた真っ白の衣装に身を包んだヴィエンだった。
今、ヴィエンは椅子に座るニケアの前で、鼻を摘ままれている。
その手をそっと取ると、ヴィエンはその指先に唇を落とす。
「ちょっと! なんでそんな騎士様みたいな」
「騎士様だからな」
「うぅ――」
その通りだ。
ここのところ、うっかりすると忘れそうになるが、ケークウォークは騎士団なのだ。
「ニケアが我慢するとき、瞬きが増えるって知ってたか?」
「え? なにそれ知らない」
びっくりして目を丸めるニケアに、ヴィエンはその背と膝の裏に腕を伸ばす。
「で、な」
ヴィエンはそのままニケアを抱えあげると、頬を寄せた。
「ニケアは、瞬きを増やしながら『結婚式はしなくていい』って言うんだもんなぁ」
部屋を出て、ヴィエンはニケアを横抱きにしたまま大股で詰め所の通路を進んでいく。
その先にあるのは、訓練場だ。
柱と柱の間から漏れる日の光が、二人の影を伸ばす。
左右に咲き誇る白いバラは、ニケアの髪を飾るものと同じだった。
甘く、やわらかな香りが鼻をくすぐる。
その通路を抜けると、騎士団員のための小さなチャペルにたどり着く。
平民が住む小さな一戸建て程度の小さなチャペルは、それでも扉にステンドグラスが嵌め込まれ、祈りと誓いの場であることを、知らしめる。
何が起きているのか、追いついていないニケアは、ただひたすらヴィエンの首に腕を回し、速足の彼に振り落とされないようにしがみつくことしかできないでいた。
「俺の嫁さん連れてきた!」
ヴィエンがチャペルの扉の前でそう叫べば、扉が中から開かれる。
「ちょっ、ヴィエン?!」
抱えられたままのニケアが、ヴィエンの顔とチャペルを交互に見た。
ヴィエンはまるでいたずらが成功したかのような笑みを浮かべ、ニケアを下ろす。
「さて、ニケア」
ヴィエンはニケアの前に、手を差し出し片眉をあげる。
「今から俺と結婚式をするんだが」
「さすがにこの状況なら、それ以外の想定はできないわね」
ニケアはヴィエンの手を握りしめ、くしゃりと顔にしわを寄せて笑った。
「私、エスコートされるより、同じ力で歩く方が好きだわ」
「それは俺もだな」
手を繋ぎ、二人はチャペルの奥へと向かう。
その道の両側には、ケークウォークの隊員たちが待っている。
彼らの顔を見て、ニケアとヴィエンは顔を見合わせ、そうして笑う。
「これからもよろしく、相棒」
「こちらこそ」
二人の向かう先には、淡くも美しい日の光が降り注いでいた。
了
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