第十七話 対決02
それにヴィエンは自然に反応し、すぐに脳内で三からカウントダウンする。
ゼロになった瞬間に、カルケルと護衛の男の攻撃をいなしてヴィエンは屈みこむ。
「ぐわっ!」
ニケアが麻袋を裂いて中から取り出した、胡椒と唐辛子の粒が撒かれる。
護衛の顔をめがけてぶちまけたそれは、男のバランスを崩させた。
そこへヴィエンが首の後ろめがけて、かかとを落とす。
大きな音を立て、護衛が倒れた。
ニケアは執事と護衛の元へ走ると、自分を先ほどまで縛っていた縄で、二人を背中合わせに括りつける。
「あとは、お前だ」
じじ、と手燭の芯が一つ燃え尽きた音がした。
部屋の中が手燭一つ分暗くなる。
ヴィエンは赤い瞳に薄暗い色を灯らせ、カルケルを見た。
そこには、自分の甘さのせいでアラリクを壊滅させた苦しみと後悔が、刻まれている。
「アラリク、そしてニケアに手をかけた罪、テメェの体で償ってもらおう」
舌先で唇を湿らせると、ヴィエンはゆらりと体を動かし、カルケルへと剣を突きだす。
当然カルケルも剣を向け、互いの動きがまるで張り巡らせた糸のように緊張を生みだした。
ガチ、と切っ先が触れカルケルがそれの先端をくるりと回したかと思うと、男の足はそのままニケアの方へと向かった。
「お前の弱点はこっちだ」
自分へと向かう剣と手に、ニケアはじっと動かずにそれを見た。
カルケルの手が、ニケアの眼前に近付いたその瞬間。
「ニケア、左へ飛べ!」
ヴィエンの指示を待っていたかのように、ニケアの体はすぐに反応し、床を蹴る。
それと同時に、カルケルを追う形になっていたヴィエンが、大きく踏み込む。
そのまま逆の足でカルケルの背中を大きく蹴り飛ばすと、ニケアがいた場所へと倒れ込んだ。
床に倒れたカルケルの背に片足を乗せると、ヴィエンは急所に剣の柄を勢いよく落とした。
その瞬間、カルケルは白目を剥いて意識を失う。
「ヴィエン!」
横に跳ねたニケアが、ヴィエンに飛びつく。
「ニケア、無事か?!」
ヴィエンは腕の中に入ってきた、ニケアを強く抱きしめる。
その体温が温かく、ニケアは急に力が抜けてしまった。
「おい、ニケア。大丈夫か?!」
「私……。こういう実戦久しぶりすぎて」
ずるりと床に体を投げ出しそうになるところを、ヴィエンが抱きかかえる。
「あ、っぶね」
「はは……。ありがと」
そのままニケアを抱え直し、彼女を横抱きにするとちらりと窓の上を見上げた。
そこから脱出しようと考えているのだろう。
「ちょ、あのおんぶとかでいいんだけど」
「俺が嫌なんだよ」
「は?」
「ニケアの顔、見えてないと不安」
(不安、って。もうカルケルは倒したから平気なんじゃ)
「ニケア、無事でよかった」
そう言うと、ヴィエンはニケアの額に唇を近付けた。
(え、ちょっと待っ……!)
額に触れたそれは、妙にやわらかい。
そこから熱が体中に広がるような気がした。
「ヴィエ……」
「隊長~! 無事ですか~!」
ニケアの声を遮るように、外から声がする。
「……チッ。あいつら」
「いまの、ドルトさんの声、よね」
「一定時間俺が戻らなかったら、ここに来るように頼んでおいたんだ」
「最初から一緒に来れば」
「お前を危険に晒す真似、できるわけねぇだろ」
ニケアを人質に、ヴィエンを一人で呼び出したということだろう。
「その、ごめん」
「なんで謝るんだ?」
「私が迂闊に捕まっちゃったから」
「ニケアは悪くないだろ。俺がお前を好きだから、目を付けられ――」
ヴィエンが真っ直ぐにニケアを見つめ、他に誰の目も気にしないでいい場所で、飾りのない言葉で紡いだ言葉。
その言葉に、ニケアの顔が真っ赤に染まった。
「え、なに。ニケア、すごく……かわいいんだけど」
「ばか……。急にそんな――」
「急じゃない。夜会でだって言っただろ」
「あれって、任務だからじゃ」
「俺、お前に夜会は任務だなんて、一言でも言ったか?」
その言葉に、ニケアが何故だか働ききらない脳を総回転させる。
「そういえば、言われてないかも」
眉をハの字に下げて笑えば、ヴィエンが肩をすくめた。
「ニケア。俺は」
「隊長~!」
再び聞こえるドルトの声に、ヴィエンはため息を吐く。
「あとで話す。それともう一つ、やることを思い出した」
一度ニケアを床に座らせると、ヴィエンは「ちょっと待ってろ」と彼女の髪をくしゃりと軽く撫でる。
そうして白目を剥いたままのカルケルの横にしゃがみ込んだ。
「ヴィエン、何する気?」
ニケアの声は、心配するものではない。
むしろ、今から彼がどんな行動をとるのか、少しだけワクワクしているようなものだった。
「これ。ニケアにもらった薬」
ヴィエンが手にしたのは、ニケアが以前お裾分けをした粉薬だ。
(えぇと、あの薬包紙の折り方は……)
何の薬をあげたっけ、と思い出し、ニケアの口元が引き上がる。
「カルケル、それ飲んだら男としての自信がなくなっちゃうわね」
「お前に乱暴しようとしたんだ。本当は、切り刻んでも足りねぇよ」
ニケアの軽口に対して、ヴィエンのそれは思ったよりも低い声で戻ってきた。
見れば暗がりの中、彼の赤い瞳だけがギラギラと燃えたぎっている。
(ヴィエンの瞳が――すごくきれい)
ニケアの瞳が、ヴィエンの横顔だけを浮かび上がらせた。
「ん、これでいい」
カルケルの口を無理やり開けると、薬包紙を口の中で開く。
そのまま飲み込ませることもなく口を閉じると、ヴィエンは余っていた縄をカルケルの顔に縦にかける。
口が開かないようになったため、口内の粉薬はやがて唾液で溶けて体内に吸収されるだろう。
ヴィエンは片眉をあげて笑うと、再びニケアを横抱きにする。
そうして窓から下げた縄を引いた。
「ヴィエン。もう大丈夫だから」
「しっかりしがみついてろよ」
「じゃなくて、私一人でも登れ」
「しがみついてろ」
「――はい」
ヴィエンの迫力に、ニケアは大人しく彼のがっしりとした首に腕を回す。
それを確認したヴィエンは片手で縄を持つと、軽々と壁を跳ねて窓から外に出る。
窓の下から見えていた木の幹に括りつけられた縄は、二人分の体重を余裕で支えてくれたようだ。
満月はやや傾き、月の影を長く伸ばす。
「ドルト、下の三人をまとめて詰め所に連れてけ」
そこにはケークウォークの隊員が揃っていた。
そんなところでヴィエンにしがみついている姿を見られたニケアは、恥ずかしくてヴィエンの胸元に顔を押し付けて、表情を隠したのだが――それを見て周囲がにやにやとしていたことは、知らなかった。




