第十七話 対決01
しゅるりと縄が窓から降りてくる音がする。
月明りを背景に、壁を一度だけ蹴って床に落ちる人影。
「ヴィエンっ!」
白いシャツに黒のベスト。黒いパンツ。
いつもの隊服ではなくそれを着てきたということは、ベストには金属が編み込まれているのだろう。
「ニケア無事か!」
ヴィエンがニケアを即座に認識し、足を進めようとしたところで、カルケルがニケアの前に立った。
「こいつは、これから無事じゃなくなるさ」
じり、とニケアはカルケルに気付かれないように、足をほんの僅かだけ移動させる。
「……お前、カルケルか」
「ほう。よく覚えていたな」
ヴィエンの言葉にカルケルは目を細めると、口の端を歪める。
「そこを動くなよ。この女がどうなってもいいのか?」
カルケルの後ろにいたはずの護衛が、ニケアの胸元に剣を当てた。
「この女をお前の目の前で嬲って、拷問して、そして最後にそれをお前の罪になるように仕立ててやろう」
「テメェ……。何が狙いだ」
「狙い? そんなのヴィエン、お前を苦しめて苦しめて、そして殺すことだよ」
そう言って高々と笑うカルケルを横目に、ニケアはヴィエンを見る。
(悔しい。また私がヴィエンの足手まといになったんだ。これじゃ、あの日と同じ)
四年前、王国騎士団に摘発されたときを思う。
木のうろにニケアを隠し、ヴィエンは捕まった。
(――ううん。同じにはしないわ)
先ほどから削り続けていた手首の縄は、ほぼ切れたといってもいい。
あとは最後に手首に力を入れれば千切れるだろう。
「どうしてやろうか。先に拷問の方が楽しいかな。この女の指の関節を一つずつ崩して」
「黙れ!」
「いいねぇ。そうやって怒鳴ったところで、お前にはどうにもできない。せいぜい俺を殺し切らなかった自分を責めればいいさ」
「ああ。あのとき谷底まで生死を確認しなかった、自分の甘さを後悔してるよ」
ヴィエンが苦々しい顔を浮かべる。
カルケルを粛清したのは、冬の寒い日だった。
雪が積もり、瀕死の男が谷底に落ちたところで、生き延びられるとは誰も思わなかっただろう。
第一、その谷を降りるのも、リスクが伴う。
あのときのヴィエンを責めることなど、誰にもできまい。
「目の前で、大事な女が酷い目に遭ってるのに、何もできない自分を呪いながら、苦しめばいいさ」
カルケルとヴィエンがにらみ合う。
そこへ、ニケアがダン、とかかとを床にたたきつけた。
その音に、ヴィエンがカルケルからニケアに目を移す。
燭台の灯りが三つ。
満月の光が一つ。
そして、赤く光る瞳と深緑の瞳が二つずつ。
ニケアとヴィエンの互いの目線が合った。
――つべこべ言わずに、こいつを倒す。
ニケアの意思とヴィエンの意思が、重なる。
すぐにニケアは、視線をカルケルに向けた。
「……カルケル、拷問は嫌。お願い……」
「なんだ急に。俺が本気だって、ようやく理解できたか」
ニケアの作った弱々しい声と顔に、カルケルは下卑た表情を浮かべる。
「おい、その男の相手はお前らがしておけ」
カルケルは執事と護衛にそう言い捨てると、ニケアの前にしゃがみこんだ。
男たちはすぐにカルケルとヴィエンの間に立ち、剣を向ける。
他方ニケアの顎に手をかけたカルケルは、顔を自分に向けさせた。
「よく見りゃ、かわいく育ってんな。護衛のあいつじゃなくて、俺が嬲る方が、ヴィエンには効くか」
ニケアの胸元のボタンに手を掛けようとするカルケルは、だがしかしその瞬間体が横に吹き飛んだ。
「ぐあっ」
男二人を相手にしながらも、ヴィエンがカルケルの横腹めがけて剣の鞘を投げつけたのだ。
勢いよく飛んできた鞘は、カルケルの体を横に倒す。
自分の目の前からカルケルが消えたときを逃さず、ニケアは柱の後ろに括られた手首を左右に思い切り広げた。
ぶちりと音がして、縄が引きちぎられる。
「ヴィエン! 私は無事!」
「おう」
ニケアは駆けだすと、部屋の端に向かった。
(部屋の匂いは、この辺りからしてたはず)
ヴィエンに襲い掛かるのは、二人の男。
執事が小型の剣を、護衛が大型の剣を振り回している。
狭い部屋では大型の剣は不利だろう。
かといって、あれだけの大男になると、小さな剣は扱いにくい。
(護衛の選定ミスね)
二対一だという状況でも、ヴィエンの方が有利に見えた。
柱から自由になったニケアを目の端で捕えたヴィエンは、執事の剣を自身の剣で跳ねると、それを取りニケアに放り投げた。
「エモノあるの助かるぅ!」
放物線を描きニケアの手元に投げられた小剣をかかとで落とし拾う。
それを持って、部屋の端にある麻袋に突き立てた。
ザザザと音を立てて中身がこぼれ出す。
「ニケア、貴様っ!」
体勢を取り戻したカルケルが、ニケアの方へと駆け寄ってくる。
ニケアは零れ落ちてきた中身を一つまみ握り、ヴィエンの後ろ側へと向かった。
その間にヴィエンは、剣を奪った執事のみぞおちに、膝蹴りを食らわせ崩れ落ちさせている。
「さっさと来いよ、次の奴」
ヴィエンは片眉を上げ、挑発する。
煽られた護衛は、剣を振り上げヴィエンへと向かう。
剣と剣が重なる音が続くが、その間に殴打の音も響いた。
ヴィエンが接近するタイミングごとに、足や肘を護衛の体に打ち込んでいるのだ。
暗闇の中、月明かりと手燭の明かりが作る影が、部屋にゆらりと蠢く。
その影を横切るように、護衛とヴィエンの一騎打ちに、カルケルが加わった。
「へぇ。お前とやんの、久しぶりじゃねぇか」
ヴィエンは二人の剣を受けつつ攻めつつ、口の端を上げる。
「カルケル、ボスの宝を狙わなけりゃよかったのに」
「うるさい! お前こそ俺を殺し切れば、アラリクが王国騎士団にやられることもなかったろうに」
カルケルのその言葉に、ヴィエンの目が見開く。
「おっと、スキができたな」
一瞬の動揺を突いて。カルケルの剣がヴィエンの耳元を掠る。
「カルケル。テメェがアラリクを売ったのか」
「ああそうさ! 俺を殺し損なったお前のせいで、アラリクは摘発されたんだ!」
カルケルの挑発は、ヴィエンの熱を高めていく。
意識がカルケルに向かい始め、護衛からの攻撃への対応がわずかに遅れる。
「ヴィエン、いくよ!」
そこへ、ニケアの声が後ろから響く。




