第十六話 プロドスィア商会01
王都ラテラのメインストリートに店を構える『プロドスィア商会』は、大きな建物がいくつも組み合わさってできていた。
正面は大きなショーウィンドウが並び、やわらかそうなドレスや、張りのあるリボンのついた帽子、繊細なレースの扇子などが飾られている。
「すみません。ご招待をいただいたのですが」
そう言って入り口で店員に封筒を見せると、すぐに店の奥へと案内された。
長い通路をいくつも折れ曲がって進むと、その先に応接室があるようだ。
(角ごとに護衛が立ってるなんて、さすが大店ね)
応接室には、おそらく貴族も案内することがあるのだろう。
赤い絨毯にマホガニーの調度品が品よく、大きなフランス窓の向こう側にも護衛の姿が見えた。
「間もなく会長が参ります。それまで、うちで販売しているお菓子とお茶でもどうぞ」
執事服を着た品の良い男性が、お茶とお菓子をローテーブルに置く。
(へぇ。大商会の執事ってのは、顔もいいのねぇ)
ヴィエンよりも少し年上くらいだろうか。
黒髪を後ろになでつけ、モノクルには細い銀のチェーンがかけられている。
執事だからなのか、ニケアの周りの男たちに比べて、筋肉は少なく感じた。
(いや……。私の周りが筋肉だらけすぎるのね)
ケークウォークは言うに及ばず。店の常連たちも、男性陣は肉体労働者であったり、商をしていても、自分で荷を引いたりする平民たちばかりだ。
貴族のようなほっそりとした男は、あまり見かけない。
(この人も貴族の子息とかだったりするのかなぁ)
洗練された動きを見ながら、ニケアは執事服の男を観察する。
「私の顔になにか?」
「――失礼しました。執事の方にお目にかかることがあまりないもので。こうした商会には執事の方はいらっしゃるのが普通なんですか」
「なるほど。私、商会長の執事をしておりまして、商会所属というよりは、会長の秘書のような立場です」
つまり商会に所属しているというよりは、商会長個人に雇われているということか。
ニケアのように個人で経営している店であれば、大して変わらないと思うことでも、これだけの大店になると、その辺の違いもあるのかもしれない。
「お茶が冷めないうちに、どうぞ」
目の前で淹れられた紅茶は、湯気にのってまるで花のような香りがする。
水色は見たことがないような美しい紅色で、隣に添えられたお菓子はハートの形をしたチョコレートだった。
「すごくかわいいですね」
「ありがとうございます。貴族のご令嬢に、今大人気のチョコレートなんです。せっかくですので、ぜひお召し上がりください」
貴族令嬢に人気、というだけで、価格帯が想像できる。
(これは……。今食べないと、一生食べられない可能性があるわ)
がっつくのは足元を見られるかもしれない。そう思いながらも、一口紅茶を飲んだあと、我慢しきれずにチョコレートを口にした。
「これ……っ! おいし!」
思わず口にしてしまうと、端に控えていた執事がゆったりと笑みを浮かべる。
「もう一つお出ししましょうか」
「え、そんな申し訳ないですわ。お願いします」
本音がこぼれると、男の笑みは今度はもっと深いものになった。
すぐに別の形のチョコレートが供される。
「こちらも人気のものなので、どうぞ」
星の形のチョコレートを、ニケアは疑うことなく口にする。
(ん……、あれ――)
そうしてそのまま、意識を失ってしまった。
***
目を覚ますと、両手を柱に括りつけられていた。
(あ、私ってばしくっちゃったんだ)
最初に思ったのは、それだった。
アラリク時代、敵に捕まった仲間を助けに行くことはあったが、自分が捕まったことはない。
床に座りこむような位置のため、足がきちんと動くことを確認する。
(よかった。足は動く)
ただ、手首を左右に動かしてみるも、わずかには動くが、思っていた以上に丁寧に縛り上げられていた。
(これはちょっと面倒かも)
二個目のチョコレートを食べたところで、記憶が消えている。
おそらく、あのチョコレートに何かが仕込まれていたのだろうと思うと、悔しい。
(チョコレートの味、堪能できなかったじゃない)
しかしプロドスィア商会に敵視される記憶はない。
ニケアの店が目障りだった?
王都の大店であるプロドスィア商会が、目の敵にするような存在ではないはずだ。
そうなると、付き合いのある貴族か。
そこまで考えて、ニケアは一人思い当たる人物がいた。
(エフェソ伯爵令嬢かしら)
ただ、夜会であそこまで大々的に彼女の悪意を広めたのだ。
ここで本当になにかがあれば、あの伯爵家こそ悪意の噂をここぞとばかりに立てられるだろう。
(そうなると、別口かな――クレルモン侯爵子息が、ここまでするとも思えないし)
クレルモン侯爵子息シースマは、ニケアやヴィエンに恥をかかされてはいるが、彼が動くとなると両親である侯爵夫妻に話がいくだろう。あの男に、侯爵夫妻に睨まれても復讐をするほどの気概があるとも思えない。
薄暗い部屋の中を見回す。
乾燥した部屋の中、どこかくすぐったい香りがした。
部屋の隅には木の箱が積み重なり、その上に大きな麻袋がいくつも置かれている。
高い位置に明り取りの窓があった。
そこから見える木の枝を見るに、ここは一階か地階のどちらかだと予想できる。
その向こうに満月が見えた。
商会に到着した時間から考えると、随分と眠り込まされていたようだ。
(とりあえず、目的がわからないと困るわね)
床は木の板が貼られているだけの、簡素なもの。
おそらくは倉庫なのだろう。
(しばらくは様子見。大丈夫、暗がりは得意。夜目は利く)
盗賊団は夜に動く。
目の使い方には慣れている。
部屋の中が暗くとも、満月の明かりが漏れていれば十分だった。
ぎぎっ、と音がする。
扉が開き、手燭の明かりが複数入ってきた。




