表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
王都の料理屋ですが、元相棒の騎士隊長に見つかりました~盗賊団の過去を隠した二人の再会ロマンス~  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
23/30

第十五話 ありがた迷惑な繁盛02

 ヴィエンはエールを一気にあおると、ニケアにグラスを差し出す。


「お代わり頼む」

「まいど!」


 カウンターに戻り、エールを注ぎながら店内を見回す。

 これから先、お忍びの客が来たらどうするか。

 シースマのような者がいないとも限らない。絡む相手が自分であればまだしも、他の平民の客に何かを言い出したら、面倒だ。


(とりあえず、ケークウォークの指定席みたいになってる奥の席に、お貴族様を座らせておこう)


 お忍びの彼らと、下町の客の間にケークウォークを配置すれば、互いに妙な気を遣わないでも済む。トラブルの回避にもなるだろう。


(皆には申し訳ないけど)


 利用するようで心が少しだけ痛むが、その分料理をサービスすることにした。


(ほんと他のお客さんが、気を使っちゃうからさぁ)


 とはいえ、市井の味を貴族が楽しみたいという気持ちはわからなくもない。

 豪華な食事ばかり食べていたら、違った味付けのものを食べたくなるのは人間として自然だろう。

 それが、ケークウォーク隊長の行きつけとなれば、その味の信頼も上がる。


(その隊長の味覚は、私が育てたようなもんだけど)


 信じているものが、想像と違う実態を伴うのは、よくあることだ。


「でも、いつまでもこれが続くと、ちょっとキツいなぁ」


 朝の仕込みを終えて、黒板のメニューを書き換えると思わず溜め息が零れてしまう。

 毎日やってくる貴族は、高級レストランと同じ感覚でゆっくりと過ごしたがる。

 その分客の回転が悪くなり、満席で断る日も出てきていた。


 そもそも貴族が来ると、平民が気まずくなる。

 さらに、おそらく貴族はそう遠くないうちに飽きて来なくなるだろう。

 そうなったときに、平民の客離れだけが残る事態は避けたい。


 さてこれからどうやって、店を運営するか。

 そう考えていると、折よく手紙が届いた。


「プロドスィア商会? あの髪飾りの店じゃない!」


 クレルモン侯爵夫人からもらった髪飾り。あれはプロドスィア商会が、隣国から取り寄せた商品だと言っていた。

 貴族相手の品を主に扱っているため、ニケアは入ったことがないが、先日のドレスショップがある地区に店を構えている。

 そんな商会から手紙をもらう義理など、なにもない。


(クレルモン侯爵夫人の紹介? それなら一言こっちにも連絡はあるか)


「なにかしらね」


 手元の小さなナイフを封筒の端に差し込めば、ジジッと小さな音を立てて、厚手の封筒が開いた。

 中からは几帳面な文字で、ニケアの店を知った経緯――当然あの夜会だが――と、貴族への仕出しサービスをしたいから、相談ができないかという文言が書かれていた。


「仕出しサービス! その手があったわね!」


 貴族はニケアの店の味が気になる。

 当然、平民に紛れて食事をする体験というものをしたい者もいるだろう。

 だがそれは、男性であれば可能だが貴族令嬢や夫人には難しい。


(確かに、この間の侯爵夫人のパーティみたいなのも、仕出しがあれば私の調理で届けられるわね)


 実はあのパーティのメニューの再現は、思いのほか大変だったのだ。

 料理長の腕が繊細すぎ、そして扱っている食材や調味料が高級すぎて、味のバランスがとれないでいた。何度も打ち合わせをしたのは、それなりに手間であり、労力を使った。


 そんな背景は当然知る由もないだろうが、プロドスィア商会は顧客の元にニケアの店の料理を、仕出しという形で届けるサービスの仲介を提案してきたのだ。


「これは悪くないわ。うまくすれば、新しい収入源にもなるし」


 それに、プロドスィア商会が仲介に入るのであれば、貴族の相手はそちらがしてくれるのだろう。

 そのためにマージンを取られたとしても、仕出し料金をそれなりに設定すれば、十分に利益は得られる。

 打ち合わせは本日を含めた三日間の午後であれば、会長が店にいるからいつでも良いという。


「今日から良いなら……善は急げってやつね」


 すでに午前中のうちに終わらせた仕込みを見て、ニケアは立ち上がった。


「さすがに……お貴族様相手の店にこの格好は駄目かも」


 清潔だが着古されたシャツに、汚れが目立たない濃い灰色のパンツ。

 初回は裏口ではなく、表口から入ることになるだろうから、着替えた方が良いだろう。


「ヴィエンにもらったワンピースで行こう」


 侯爵夫人には普段着だと思われたが、それでもニケアの持っている中では一番特別な服だ。

 深緑色のワンピースはVネックの襟元の下から小さな貝のボタンがついている。体の線が出ないよう、下に薄い長袖のシュミーズを着こみ、ボタンを丁寧に留めていった。裾に入る金茶の刺繍を、そっと指先でなぞる。


「やっぱりこれ……ヴィエンの髪色みたい」


 思わず漏れた言葉に、ニケアは思わず笑いをこぼす。

 見ないように、認めないようにしていた気持ちも、いい加減目を背けることはできなくなってきた。


「手に入れなければ、失うことはないと思ったんだけどなぁ」


 自覚してしまった恋心は、簡単に手放すことはできない。


「手に入れるとか入れないとか、その前に……ちょっとしんどいね」


 それでも、手に入れなければこれまでと同じように、何かの任務で頼られることはあるかもしれない。


「ヴィエンの馬鹿……。なんで任務とはいえ、愛する人だなんて言っちゃうのよ」


 夜会を終えて随分経つ。あの日以来、ニケアの脳内には彼のあの言葉が染み込んできていた。

 当日は任務を果たすためという気持ちばかりが先立っていたが、ヴィエンにかなりの甘い表情を向けられていたことを思い出し、恥ずかしくなる。

 そして同時に、それがあくまでも任務だと思うと、切なくもなるのだ。


「――私には店があるから。うん、とりあえずはできることを頑張ろう」


 ワンピースの裾を翻し、店を出る。

 太陽の光に、金茶の刺繍がにぶく反射した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ