第十五話 ありがた迷惑な繁盛01
「ポーク煮込みのマッシュボールを二つと、塩漬けキャベツとサーディンのサラダ、それからチキンのハニーマスタード和えです」
クレルモン侯爵夫人がパーティで料理を出したことと、夜会での件で、ピステヴォにはお忍びで来る貴族がこの数週間で数え切れないほどになった。
(忍んできたところで、どう見てもお貴族様なのよね……)
黒板に書かれているメニューを、一つずつ全て尋ねられ業務妨害の状態になっていたので、本日のお任せというセットものを用意した。これでオーダーは楽になったのだが。
「きみ、これはどういうものかね」
今度は提供されたものを、丁寧に説明することを求められるのだ。
(ここは高級レストランじゃないんだから、そういうの求めないでよ!)
とはいえ、相手はお貴族様だ。下手に文句を言って、大事になっても困る。
さらに言えば、今日に限っては相手が悪かった。
(なんで、シースマ様が――侯爵家の四男が来てんのよ)
ニケアのことを愛人にすると言い出した、あの男だ。
侯爵夫人に釘を刺されたはずなのに、なぜこの店に来ているのか。
それでも、邪険に扱うわけにはいかない。
「こちらはポークを煮込んだものを、マッシュポテトで包んで揚げてあります。サラダは名前の通りです。あと、チキンはグリルで焼いたものを細切れにして、酢漬けのオニオンとハニーマスタードで和えています」
順番に説明すると、シースマは満足気に頷き、ニケアの手を握った。
「……あの、お客様。当店は、そうした店ではありませんが」
「君は給仕だろ? 僕の相手をするべきじゃないか? なぁ、ニケア嬢」
今日のシースマは、お忍びのために美しい銀髪を少し乱雑にし、飾りのない白いシャツを着ている。それでも、その生地は良いものを使っていると一目でわかった。
「ほら、僕は侯爵家の人間だ。平民は僕の言うことを聞いていればいい」
そうしてニケアの手のひらに触れている親指を、ずるりと動かす。
(気持ち悪いっ!)
ニケアは手首を翻し、シースマが握る手から自分の手を引き剥がした。
男の強い力で握っていたつもりのシースマは、あっけなく離れてしまったニケアの手を、目で追うことしかできない。
「お客さ」
「あれ、クレルモン侯爵子息ではありませんか」
シースマに断りの言葉を言おうとしたニケアの横に、よく知った男が立った。
「なんだ貴様。僕がこうして忍んできているのがわからないのか」
ケークウォークの隊服を着た隊長は、口元を軽く引き上げて肩をすくめる。
「貴族のお忍びで来たにしては、店主に身分を楯に無理難題を言ってましたよねぇ」
「貴様……っ!」
ヴィエンの言葉に、シースマは頭に血が上ったのか立ち上がり、彼へと手を伸ばす。
その動きなど、当然ヴィエンにとってはスローモーションに等しい勢いだっただろう。
するりと横に体をずらすと、シースマの襟元にヴィエンの手がかかった。
「グダグダうるせぇんだよ。職務妨害でクレルモン侯爵に報告でもしてやろうか? あ?」
シースマの耳元で響く声音は、貴族の子息として生活していれば聞いたことがないような迫力のものだろう。
真っ青な顔で「あ……いや……」とはくはくと口を開閉するシースマに、ヴィエンの手が離れる。その勢いで床に座り込んだ男は、すぐに立ち上がり荷物をまとめた。
「ぼっ、僕はこれで失礼する!」
急ぐ気持ちとは裏腹に、衆人環視の状態でざわめく店の中では、足がもつれたように進まない。そんな中。
「あ! お客様!」
ニケアの声に、シースマは一瞬立ち止まり、振り向いた。
それは、わずかな希望や期待だったのかもしれない。
「本日のお代を、まだいただいておりません」
当然、すぐにそれらの気持ちは霧散し、シースマは放り投げるように金貨の袋をニケアに投げて去って行った。
ガランガランと、扉についた鐘が無駄に鳴る。
「えぇ……金貨って、使いにくいのよねぇ」
足元に落ちてきた金貨の袋を拾い上げたニケアは、困ったように呟く。
「……ふっ、くく」
ニケアのその言葉に、最初に笑いを零したのはヴィエンだった。
そしてその笑い声は徐々に店内に広がる。
「ニケアちゃん大変ねぇ」
「おう、隊長クソかっこよかったぜ」
そんな声が常連たちの中から上がった。
ここのところ多かった貴族のお忍びに、彼らも辟易していたのだろう。
「これからも、お忍び客は来るかもしれないけど、困ったことがあればケークウォークに言ってくれ」
ヴィエンが周囲にそう声をかければ、拍手が起きた。
常連客たちは景気づけにと、エールを注文する。
ニケアも騒ぎになったお詫びに、と皆につまみを一皿ずつサービスすることにした。
「来るのが遅くなって、悪かったな」
いつもの席に座って一人飲んでいるヴィエンのもとへ、オーダーのあったオクラのチーズ焼きを持っていくと、そんなことを言われる。
「何言ってんの? タイミングぴったりすぎて、驚いたくらいよ。正義の味方」
かたりと皿をテーブルに置いて、ヴィエンの背中をぽんと叩けば、彼はふはりと笑った。
「正義の味方、か。俺たちにはずいぶんと不釣り合いな単語だろ」
「ケークウォークは正義の味方じゃない」
ニケアの言葉に、ヴィエンはハッとしたような顔を見せる。
(馬鹿ねぇ。今のヴィエンにとって、俺たちはケークウォークでしょ)
「――そうだな。俺たちは、正義の味方だった」




