第十四話 やっかいな招待状02
「えっ。いえ、私一人で歩けますので」
「そうはいかないのですよ」
使者はニケアの意見など、どうでもいいとばかりに歩を進めた。
手を引っ張られているので、ニケアは仕方なく使者の歩幅に合わせる。
(これ、エスコートじゃなくて連行よね。ヴィエンがしてくれたのが、エスコートってやつじゃないの?)
正解がわからないまま、ニケアはクレルモン侯爵夫人の待つ、サロンへと入ることになった。
「ニケア嬢、よく来てくれたわね。さぁお座りになって」
クレルモン侯爵夫人は、ニケアの挨拶を受けすぐに砕けた雰囲気になる。
(あれは隣国エイレーネ産のターフェアイト。五カラットはあるわよ)
思わず目が侯爵夫人の胸元のネックレスに集中しそうになるが、それを誤魔化すようにして部屋を見回す。
調度品から、絵画から、かけられているカーテンの布地まで、どれもこれも一流の品だ。
「実は今度、小さなパーティを開催するの」
侯爵夫人の言葉に、ニケアは言葉の意図が読み取れず、小さく首を傾げる。
「私の友人を十人ほど招待するだけの、小さなものよ。その趣向が、市井の祝日」
「ああ――。それで料理のご相談を、ということなのですね」
ニケアの回答に、侯爵夫人は目を細め笑みをたたえた。
「頭の回転の良い子は好きよ。あなたの店と同じ味を用意すれば、私の友人たちは皆、ヴィエン・バーゼル卿の良い人の店を、大切にするでしょう」
(あっ、そうだった。私とヴィエンは恋人同士という設定だったのよね)
夜会に参加したときのことを思い出す。
ヴィエンの任務にあわせて、ニケアは彼の『愛する人』という役割をこなした。
(これは、誤解させたままじゃないと……駄目よね)
その任務が完了しているのかが、わからないのだ。勝手に恋人役を降りるわけにはいかない。
(ヴィエンの仕事の一環だし――うちの店にとっても、悪い話ではないし)
件の伯爵令嬢が、万一手を出してきても、侯爵家が味方であればこちらの方が強い。
(得られる味方は得ておかなくちゃ)
ニケアは少しだけはにかんだような笑みを浮かべ、侯爵夫人へのはっきりとした答えは口にせずに頷いた。
そこから侯爵夫人だけではなく、この屋敷の料理長も加わり、パーティの料理の話が始まる。『市井の祝日』というテーマで、参加者たちは平民がおしゃれをしたときの服を着て集まるそうだ。
(何が楽しいのか、まったくわからないけど)
貴族というのは、物珍しいことが好きなのだろう。
大方の料理が決まり、レシピを簡単に書き出したものを料理長に手渡すと、彼は試しに作ってみるといって部屋を出た。
「あなたが着ているような普段着じゃなくて、平民のおしゃれ着がどういうものかも知りたいんだけど」
侯爵夫人の言葉に、ニケアの顔が一瞬でカッとなった。
今、ニケアが着ているのはヴィエンが買ってくれた、彼女にとって一等大切な、そして一等上等なワンピースだ。
それを普段着といわれたことに、腹が立ったのだろうか。
否。
(ヴィエンが選んでくれたこれを、馬鹿にされた――!)
元来、ニケアは気が短い。
それでも、市井で生きていくためにいろいろなことを、飲み込むようになってきた。
今も、本当は侯爵夫人の目を見据えて言いくるめたい気持ちで一杯だ。
当然そんなことはできないが。
「あの……これは、ヴィエン――卿が買ってくれたもので、その、平民にとってはこれがおしゃれ着なんです」
気持ちを落ち着かせようと口にしたそれは、人によっては、恥じらいに聞こえただろう。
(お腹の奥が、熱い。悔しい。確かにお貴族様から見れば、みすぼらしいのかもしれないけど)
だが、ニケアのそんな気持ちなど気付きもせずに、侯爵夫人は「あら」と頬を緩めた。
「それはごめんなさい! バーゼル卿の贈り物に、私ったら失礼なことを。お詫びに、私からもドレスを贈らせてちょうだい」
「――いえ! 頂戴しても、私には着ていく先もございませんので」
(きっとこの人たちにとっては、親切な施しなんでしょうね)
貴族と平民。
その違いをまざまざと見せつけられる。
(どれだけ盗賊団が高価な宝石を手に入れたとしても、貴族にはなれない)
人種が違うのだ。
でも、それでいいとニケアは思う。
(ヴィエンは――貴族になりたいのかな)
エフェソ伯爵令嬢との政略結婚は断っていた。
けれど、彼の立場としては本当は貴族と縁付き、今度こそ本当に貴族の仲間入りをすることだって可能だ。
(夜会での設定だって、任務を終えたら終わりだし)
そうなれば、彼にはまた政略結婚の話が届くだろう。
目の前の侯爵夫人は、それを望まないようだが。
「では、せめて髪飾りを贈らせてもらおうかしら。ちょうどプロドスィア商会が、新しく入荷した髪飾りを置いていったのよ」
「プロドスィア商会……ですか」
「ご存じ?」
「名前だけは、多少」
王都で、貴族相手に商売をしている商会だ。
隣国のエイレーネからの輸入品を扱い、一気に大きくなったらしい。
当然ニケアには手も足も出ない価格だけではなく、必要性も一切ないので、店構えすら見たことはないが。
「私の好みじゃないし、我が家は息子ばかりだから困っていたのよ」
そう言って侯爵夫人が部屋の侍女に目配せをする。
しばらくすると、先ほどの使者が服装を変えて登場した。
手には、美しい赤いレッド・ベリルを銀線細工で装飾した髪飾りを持っている。
「ニケア嬢。紹介が遅れたわね。これは私の四番目の息子、シースマよ」
「先ほどは使者の振りをしていたが、お陰で君のことがよくわかった」
そう言って、シースマはニケアに一歩近付く。
銀色の髪は先ほどとは異なり、片側でわけられている。かけていたメガネを外している。
どうやらあれも、変装のうちだったらしい。
(つまり、私の観察を息子を使ってしてたってことね)
わざわざ屋敷まで呼び出した理由が、ようやくしっくりきた。
侯爵夫人は、ヴィエン・バーゼルという男の隣に立つ女が、どの程度のものなのかを息子の目を通じて確認したかったのだろう。
(趣味が悪いわ)
ヴィエンのファンだと、夜会では言っていたが、それもどこまで本気かはわからない。
「その美しい髪に、この赤い石はさぞや似合うでしょう。僕が着けて差し上げます」
「あ……いえ、結構です。自分で着けますので」
さすがに品物を前にして、いらないとは言えない。
それでも、ほぼ初対面の男に髪に触れられるなど、嫌悪感しかわかないではないか。
「へぇ。僕がわざわざ着けてあげると言ってるのに?」
「シースマ、おやめなさい。こちらはバーゼル卿の良い方なのよ」
「母上、別に騎士団の妻を侯爵家の愛人として囲うことは、問題ないでしょう」
(は? 今なにを言った?)
シースマが当たり前のように口にした言葉に、ニケアの表情が険しくなる。
「あなたは何を言ってるの」
「イズニック公爵閣下も、かつて騎士の妻を愛人にしていたじゃありませんか」
「サンドリア子爵夫人のことね」
侯爵夫人が溜め息を吐き、手で額を押さえながら口にした。
どうやら本当に、そうしたことがあったらしい。
「子爵夫人で許されるなら、平民の女であれば」
「シーマス」
言葉を遮るように、侯爵夫人が窘める。
「それ以上口にすることは許しません。第一、サンドリア子爵夫人に関しては、政略上の都合でそうなっただけに過ぎないわ」
どうやら、イズニック公爵とやらが好色なわけではないらしい。
「あなたはお義父様に似て、女好きだから心配だわ。他はいいけど、彼女はだめよ」
侯爵夫人の言葉に、シースマはつまらなそうな顔を浮かべる。
それでも母親には逆らえないらしく、大人しく髪飾りをローテーブルに置くと、部屋を出ていった。
「ごめんなさいね。この髪飾りと、こっちの指輪で許してくれないかしら?」
金で解決のようなものだが、提示された指輪を見て、ニケアはギョッとしてしまう。
(ちょっと待って。その指輪、イエローダイヤモンドでしょ。カラットは小さいけど、めちゃくちゃ輝いてるじゃない。――冗談じゃない)
「侯爵夫人。あの、本当に髪飾りだけでも畏れ多いほどなのです」
(平民の家にそんなもんあったら、盗みに入られて下手したら殺されるわ)
「我が店『ピステヴォ』の味を、美味しく召し上がって頂ければそれで十分です」
ニケアは必死で侯爵夫人を説得すると、店の開店時間があるからと、どうにかその場を辞することができたのだった。




