第十四話 やっかいな招待状01
「いやぁ、あの日はすごかったなぁ」
夜会から数日後。
ピステヴォにはいつものようにケークウォーク隊員たちが集まっていた。
今日はまだヴィエンは来ていない。
「副隊長、何があったんスか?」
「まず服装! もう会ったときに俺、顔を覆いたくなったよ」
「あれ、お金かけすぎですよねぇ。はい、エールのお代わりです」
ドルトと隊員たちが盛り上がるところに、ニケアが顔を出す。エールをテーブルに置くと、ドルトが肩をすくめる。
「ニケアちゃん、俺が驚いた理由って、金額だと思ってる?」
(あ、やばい。もしかして平民がドレスや宝石の値段が想定できるのって、変だった? でも具体的な金額じゃなくても、高そうくらいは皆わかるはずだから、それで逃げられるかな)
ドレスショップの会計は、女性には見せないのが通例だ。
だからニケアがドレスや装飾品にお金をかけすぎだとわかっているのは、もしかしたら変だったのかもしれない。
そう心配するも、すでに言ってしまった言葉は戻らない。
「あの、その……。ほら、見るからに高級そうだったから」
「いやいやいやいや! そうじゃなくてさ、ニケアちゃん。あのドレスとネックレスの色合いが」
「おう、随分と速いピッチで飲んでるんじゃないか?」
ドルトの説明を遮る声が、ニケアの後ろからする。
「ヴィエン、仕事終わったの?」
「ああ。今日は騎士団の穴を埋めるだけだったからな――それで、夜会の話か?」
ヴィエンはぎろりとドルトを睨む。
そんな彼をドルトはへらりと笑みで躱して、ニケアにヴィエンの分のエールとつまみを頼んだ。
「はいはい。今日はヴィエンの好きなサーディンの煮込みがあるわよ」
「それ、山盛りにしてくれ」
ニケアはうなずきすぐに厨房へと向かう。
その後ろ姿を見届けると、ヴィエンはドルトの隣に座る。
「おい、ヴィエン。ニケアちゃん、これっぽっちも理解してなかったぞ」
「何が」
「夜会でお前が独占欲丸出しの格好させてた件だよ」
その言葉に、周囲の隊員が口笛を吹く。
「気付くはずがないんだよ、ニケアは」
「そうか? あの公開演武のときとか、すげぇ観察力あって行動力もあって、察しが良かったよな」
「ですよね! あれは格好良かったなぁ。僕あれで、ニケアさんのファンになったんです」
「俺も。すげぇイイ女って思った」
あのときのニケアの行動で彼女に惚れた隊員は多い。
それで盛り上がる彼らに、ヴィエンはじろりとにらみを利かせる。全員が一気に口を閉ざした。
「結構はっきり口にもしたけど」
「愛する人って言ってたもんな」
「……お前、あのとき近くにいたのか」
「俺のパートナーのご令嬢が、ネストリ嬢のことを大嫌いでねぇ」
つまり、完全なるやじ馬だったということだ。
「え、隊長そんなこと言っちゃったんスか?!」
「ニケアちゃんの反応は?」
隊員たちの盛り上がりに、ヴィエンはため息を吐く。
それを見て、彼らは別の話題にさりげなく移行したのだった。
***
ニケアのもとに、クレルモン侯爵夫人からの使いが来たのは、その翌日の昼過ぎのことだ。
「あの、どうして私に?」
「奥様がニケア嬢と、ニケア嬢のお料理について知りたいと」
ぴしりと前髪を撫で付け、メガネをかけた使者は、一重の瞳を細めそう告げると、早く支度をするようにと言わんばかりの目線をニケアに送る。
(なるほど。さすがに侯爵夫人がこの店に来て、料理を食べるわけにはいかないもんねぇ)
そもそも侯爵家からの呼び出しに、平民であるニケアが拒否することはできない。
「あの、さすがにこの服装では失礼になるので、せめてワンピースに着替えてきます」
ニケアの言葉に、使者はすぐに戻るよう告げる。
さすが侯爵家の使者ともなると、平民には強気にでるものなのか、などとどうでも良いことを考えてしまう。
(使者に見下されたところで、私の価値が変わるわけでもないからいいけど)
急いで自室に戻り、ヴィエンが買ってくれたワンピースに着替える。
(これ、思ったより汎用性あるのね)
あのドレスショップ以降使うことはないかと思っていたが、思わぬところで役に立った。
(夜ヴィエンが来たら、お礼言おっと。ついでに、ヴィエンの好きな五本足のタコとビッグラディッシュのミニビーンズ煮込みでも作ってあげようかな)
使者の乗ってきた馬車に乗り込みながら、ニケアは今日のメニューにはない、ヴィエンの好物を考えて、気付かないうちに口元をほころばす。
「わぁ……。いつまで経っても、お屋敷に到着しないのね」
「クレルモン侯爵家のタウンハウスは、王都でも一、二を争うほどの広さですから」
「この間の夜会会場とは別の場所なの?」
「夜会のためのバンケティングハウスは、別の門のすぐ近くに建てられているのです」
(あぁなるほど。そうしないと、夜会に紛れて入り込んだ盗人が、本邸まで忍び込む可能性があるものね)
ニケアの向かいに座る使者は、彼女に一切興味がないようで、ちらりとも顔を見ない。それでも、侯爵家に関わることはきちんと教えてくれるようで、他にもクレルモン侯爵夫人が王妃の従姉妹にあたると教えてくれる。
(それは権力があるし、王国の軍備についても、目を光らせておきたいということね)
先日の夜会で、侯爵夫人に言われたことを思い出す。
――あなたのような方は、いろいろと良いわね。
ヴィエンが養子であることは知られているだろうが、彼の出自は隠されている。
それでも、英雄といわれた騎士団長の子が貴族と結びつくのは、クレルモン侯爵家にとっては、好まざる状況であるのだろう。
(侯爵家ほどのお貴族様から見れば、一代男爵の養子と平民の私は同じ立場に見えるんだろうなぁ)
実際は、騎士と平民だ。
爵位がなくとも、そこには緩やかな階級のグラデーションがある。
「ニケア嬢。まもなく屋敷に着きますよ」
門から先、馬車の窓の外は長い間、森のような木々を見せるだけだったが、ようやく開けた場所に出た。
(うわぁ。確かに、タウンハウスでこの規模はそうそうないわ。領主の館みたいじゃない)
タウンハウスとは王都にある、貴族の屋敷だ。それとは別に、それぞれの領地にはカントリーハウスと呼ばれる領主館がある。そちらは、広大な領地の中に広々と建てられることが多い。
どっしりと頑強そうな石が積まれてできあがっている屋敷は、左右に同じ形を広げた美しいたたずまいをしている。正面のファサードには、大理石で彫られた彫像がはめ込まれていた。その像のいくつかの瞳には、宝石がはめ込まれ、光を浴びてキラキラと輝いている。
(すごい。あれ、ブルーパラライトサファイアじゃない。あっちはエンゼルダイヤモンド。どれもかなりの大きさよね)
向かいに座る使者が、初めてくすくすと笑った。
「さすがにこのお屋敷の美しさに、ニケア嬢も圧倒されたようですね」
「ええ……。そもそも私のような平民には想像もできない世界ですが、まさかこんな」
(まさかこんな、宝石を堂々と屋外にはめ込んで飾っているような、無防備な貴族の屋敷が王都にあっただなんて)
とは、当然口に出せない。
ゆっくりと動きを止めた馬車の扉が開くと、ニケアはさっさと降りてしまう。
それを見て、使者は再び笑った。
「急に表情が豊かになりましたね、使者さん」
「失礼。ニケア嬢は、エスコートを必要としないのですね」
言われて初めて気が付いた。
馬車など普段乗らないが、多少の高さがあったところで、ニケアにとってはたいした問題ではなかった。
「ですが、屋敷の中に入るときには、私のエスコートを受けて頂きましょう」
半分無理矢理のように手を引き寄せられる。




