第十三話 夜会03
「エフェソ伯爵家では、相手の意思を無視して、どんな手を使ってでも言うことを聞かせるのが常ですの?」
「相手の意思を無視だなんて、していないわ」
「正式なお断りが入ったのでしょう?」
「それはあなたが足を引っ張っているだけでしょ! 私に求められて断るはずなどないもの」
(わぁ……。この人きっと、今まで自分を好きにならない人はいなかったんだろうな)
思わず目が遠くなりそうだ。
横目に入るヴィエンは、笑いを堪えている。
こういうときに口を挟んでこないのは、ヴィエンの良いところだと思う。
ニケアは、邪魔をされたくないのだ。
「でも……。私の店の悪い噂を立てて、ヴィエンを追い詰めようとしていたじゃない」
はっきりと言い切る。
その言葉は、ホールに響いた。
当然だ。
響くように言ったのだから。
「なっ……! そ、そんなこと」
「いいましたよね。客を装った人を送りこんで、体調を崩させるとか、店主の私をごろつきに襲わせるとか」
最後のは適当に付け加えただけで、令嬢は言っていない。
だが、今このタイミングで口にすれば、言ったことになるだろう。
(先に宣言しておけば、実行することはできないでしょ)
もしもそれが実行されれば、誰がやったかが明らかになる。
それはつまり、エフェソ伯爵家の評価が落ちるということだ。
周囲が知らなければ、たかが平民の店が一つ、店主が一人伯爵家に蹂躙されたところで、話題にもならないだろう。
けれど今ここは、貴族以外の王都の有力平民も呼ばれている、クレルモン侯爵家主宰の夜会だ。
この場にいる店や店主を害することは、つまりクレルモン侯爵家に泥を塗るようなことにもなりかねない。しかも、クレルモン侯爵夫妻が直接、それを見聞きしていたとしたら――?
ニケアはそれを狙った。
クレルモン侯爵夫妻が、ニケアの声に反応してこちらへと歩いてくる。
ニケアはそれを確認すると、最後に扇子をぱちりと閉じ、令嬢に囁く。
「いいこと教えてあげるわ。ヴィエンはね、あんたみたいな人がだーいきらいなのよ」
仲間を狙うもの。
仲間を裏切るもの。
仲間を危険にさらすもの。
それが外敵であれば、ヴィエンはけして許さない。
今回、令嬢がニケアの店を脅しに使ったことで、ヴィエンは永遠に彼女の隣に立つことはなくなったのだ。
エフェソ伯爵令嬢は、口元を震えさせ引き結ぶ。
悔しくて仕方がないのだろう。
目の前の現実は、ヴィエンは虫けらを見るような目で令嬢を軽く見た後、ニケアには柔らかな笑みを向ける。
その手は彼女の腰に回り、まるで全てのものからニケアを守ると言わんばかりだった。
「なんだか物騒な話をしているねぇ」
三人のもとへと到着したクレルモン侯爵は、夫人の腰に手を回しながらにこにこと笑う。
ヴィエンと令嬢の挨拶を真似して、付け焼刃の礼を見せると、クレルモン侯爵夫人は「まぁ」と小さく言葉を漏らす。
「楽にしてちょうだい。さっきあなた方のダンスを見ていたわ。とても素敵で目が離せなかったの」
「おそれいります、夫人。私のパートナーのニケアです。王都でピステヴォという宿屋兼料理屋を経営している女性です」
(さっきのダンス、もしかしてそんなところまで計算してたのかしら。だとしたら、私の見通しが甘かったわね)
ヴィエンの参謀だった頃の矜持が、わずかにむくりと顔をもたげる。
(いや、そういう場合じゃないわ。ここが勝負時)
ニケアは侯爵夫妻に挨拶をしたあと、口を開く。
「王都にて店を開いて三年。ようやく軌道に乗ってまいりました。それを、契約を断られたことがこちらのせいだと言いがかりをつけられて、不当に名誉を傷つけられております」
色恋沙汰の問題じゃない。
そういう言い方に変えれば、侯爵夫妻は目を細めて満足そうにうなずいた。
「それはよくないねぇ。エフェソ伯爵家には、私からしっかりと注意しておこう」
「そうだわ。皆さんもぜひ、ピステヴォに足を運んでみてちょうだい」
夫婦そろってこちらの味方になったのは、そもそもエフェソ伯爵家が目障りだったのか、それとも侯爵夫妻も軍部とよろしくしたいのか。
「お優しいお言葉に、感謝申し上げます」
ニケアがそう言って礼をすれば、夫人は楽し気に笑う。
「バーゼル卿の演武、先日拝見しました。とても素敵だったから、どんな方をお相手に選ぶのかと思っていたの。あなたのような方は、いろいろと良いわね」
「いろいろと」
「ええ。立場も、機転も、器量も全てよ」
(なるほど。侯爵夫妻はヴィエン――ひいては騎士団長の家に大きな力を近付けたくないのね)
王国騎士団長との繋がりをもった貴族は、軍部の取り込みを狙う。
クレルモン侯爵はそれをよしとしないのか、または自家がそれを狙いたいのか。
(確か、クレルモン侯爵家は王家との血縁関係も昔はあったとか。王家ゆかりの家宝があるって、ボスに聞いたことがあるわ)
三代前の王妹が降嫁した。その際、抱えきれないほどの宝飾品を持参したらしい。
一度見てみたいと、ニケアは思っていた。
「それと、私バーゼル卿のファンなのよね。ニケア嬢、今度二人のなれそめとかいろいろ聞かせて頂戴」
「えっ……。あ、はい――」
この場でそれ以外の回答が、拒否が、できるわけもない。
(これはヴィエンと設定を決めておかないとなぁ)
ぼんやりとそんなことを思ってしまう。
「クレルモン侯爵夫人、私は」
「あら、エフェソ伯爵令嬢。まだそこにいらしたの? そろそろお迎えの馬車が来るんじゃないかしら」
言外にさっさと帰れと告げられると、エフェソ伯爵令嬢は何かを言おうと一度だけ口を開くが、ヴィエンの視線が一切自分に向いていないことに気付き、大人しくその場を離れていった。
***
(やはりニケアが、ヴィエンの弱点だな)
この夜会に参加していたカルケル・ウェスミン男爵は、ヴィエンやニケアに認知されない距離を保ち、様子を見ていた。
(それにしても、貴族令嬢というのは思ったよりも使えない)
もう少しヴィエンを揺さぶってくれるかと思ったのに。
カルケルはニケアの身に着けているドレスとネックレスの色を見て、にやりと笑みを浮かべる。
(ニケアを誘惑できる男を用意するか。いや、それに乗るような女じゃないな)
ヴィエンの独占欲が溢れかえっているニケアの姿を見て、カルケルは新しいワインを給仕に頼む。
(店が大事なら、店を利用するのが一番か)
カルケルはすぐに、夜会の中で見知った男へと声をかけるのだった。




