第十三話 夜会01
クレルモン侯爵家の夜会会場は、ニケアが盗賊団にいたときに盗み見た夜会の中でも、かなり華やかで大規模だった。
煌々と灯るシャンデリアには、どれほどの蝋燭と鏡やクリスタルが使われているのだろうか。
ホールのいたるところには、壁付け燭台や燭台付き鏡が置かれ、光を反射させている。
蜜蝋に香料を混ぜているのか、燭台の近くからは良い香りがした。
「はぁ……。うちで使ってる油ランプとは雲泥の差ね」
「さすがに店で蜜蝋の蝋燭だなんて、高級レストランくらいだろ」
慣れない高いピンヒールを履いたニケアは、隣に立つヴィエンの腕をしっかりとつかみ歩く。
「なんだ。今日は甘えてくれんのか?」
「これがそう見えるなら、ヴィエンにも踵が細くて高い靴を履かせてみたいわ」
(ハイヒールは履いたことがあったけど、こんな細いのは初めて)
想像以上に歩きにくく、バランスを取るのに慣れが必要なそれは、豪勢なドレスと相まってニケアをヴィエンに縛り付けた。
「ドレスの下なんて何履いててもわからないのに、こんな細いの履く必要あった?」
「思ったより見えるらしいぜ。あの店の担当も言ってたろ?」
そう言ってニケアの腰をぐいと引き寄せると、ヴィエンは彼女が歩きやすくなるように、わずかに腰を持ち上げる。
「ダンス一曲だけしたら、あとは端の椅子に座ってていいから」
ヴィエンはそう告げると、ホールにかかっている曲の切れ目で中央に彼女を連れていった。
「ちょっと! 私ダンスなんて踊れないわよ」
「俺に合わせりゃいいだろ。ニケアの反射神経なら、いけるいける。あとは周囲を見て真似すればいい」
「そりゃ、真似っこでいいなら簡単だけど」
「さすがニケア。そう言うと思った」
不意にヴィエンの手が離れる。
ニケアの真正面に立ったヴィエンの手が、目の前に差し出された。
「一曲お願いいたします、レディ」
ヴィエンの着る濃い灰色のジュストコールには、赤茶の糸で刺繍が施されている。同じ赤茶色のクラヴァットは、深緑色の宝石で縫い留められていた。ジュストコールの下は深緑のウエストコートで、胸元の宝石と対になっているようだ。
そしてそれは、ニケアの瞳ともお揃いである。
(ヴィエンって、こういうところ律儀よね)
夜会のパートナーであれば、互いの瞳の色を衣服や装飾品に取り入れるのが良い。
それは、夜会に潜入する計画を立てたあの頃に学んだことだった。
ヴィエンもおそらく、それを踏襲しているのだろう。
ニケアのドレスは、結局二度目に試着したものになった。
繊細なレースで作られた長めのトレーンだったが、それをウエストで手繰るようにしてドレープを作って貰い、引きずらない形に変更。そのドレープをまとめるように、複数の幅広のリボンをウエストから緩やかに後ろに回した。
袖は蕩けるようにしっとりとしたレースが二の腕あたりから手首まで落ちている。
むき出しになっているデコルテには、ヴィエンが選んだ赤い宝石の周りに、金茶のチェーンが複数連なる繊細なネックレスが飾られていた。
同じく夜会に参加しているドルトが二人を見たときに、小さな声で「ひえっ」と言ったのを、ニケアは聞き逃さなかった。
(やっぱり、任務だとはいえお金を使いすぎなのよね、きっと)
ドレスショップでヴィエンが選んだ宝石は、超一級品まではいかないものの、一級品と呼んでいいものだった。それにさらに、チェーンで加工すると言い出したときには、どうしようかと思ったものだ。
(でも、あんないい宝石見ちゃったらねぇ。ヴィエンの気持ちもわかるわ)
アラリク時代の血がうずいた。
ニケアは宝石を見たときの感覚を、そう理由づけた。
(あんなに、ヴィエンの瞳みたいなきれいな赤い宝石――)
以前ワンピースを買ったときに見た、イミテーションとは雲泥の差だ。
小さくとも、煌々と燃えるような、まるで鮮血のような色。
ゆったりとしたワルツが流れ出した。
ニケアはヴィエンの手を取り、彼は彼女の腰を支え、ゆらりゆらりと体を回す。
初めて踊るワルツに、ニケアは最初のターンは周囲への目線をそうと悟られないように配する。
けれどすぐに要領を得ると、体が勝手に動き出した。
「慣れたか? じゃあ、俺の方を見てて」
ヴィエンが耳元で囁く。
その声が、いつもとは違ってどこか色っぽく感じるのは、きっとこのキラキラとした夜会の空気のせいだろう。
「……恥ずかしい」
「なんで?」
「今日のヴィエン、いつもと違うもん」
目の前にいるのはヴィエンのはずなのに、貴族の子息のように見える。
自分の知ってる顔を向けてくれているのに、どこか自分が知らない人間のように見えるのは、着ている服のせいだろう。
「ふぅん。それは褒め言葉?」
「褒めてるような」
「おい、貶してるのかよ」
ヴィエンは不意にニケアの腰を引き寄せる。
「わっ、ちょっ」
「ちゃんとついてこれてる」
少しばかりアクロバティックな動きをさせられて文句を言えば、からからと笑いながらそう返してきた。
ニケアのドレスの裾が、ひらひらと宙に舞う。
ドレスの後ろ側に縫い付けられた小さな宝石が、ホールの光をきらきらと反射させる。
それを見た周囲の貴族たちが、わぁと歓声を上げた。
「さすが俺のニケア」
「――久しぶりに聞いたわ、その言い方」
アラリク時代。
ヴィエンは自分の参謀になったニケアを、そう呼んでいた。
ニケアの計画の立て方が緻密で、他の部隊も彼女を欲しがったからだ。
そのたびにヴィエンはニケアをそう呼んで、自分の手元から離さなかった。
「本当はずっと、もう一度こう呼びたかった」




