第十二話 カフェデート
ドレスショップでの買い物を終え、二人は軽食を取ることにした。
「まさか朝から行って、お昼を過ぎるまで時間がかかるなんて、思ってなかったわ」
「それは俺も同意だ。腹減った」
せっかくだからと、ヴィエンが連れて来たのは最近話題のカフェだ。
「それにしても、よくこんな店知ってたわね」
「ほらその、巡回をしてて」
「あぁなるほど。王都巡回で見かけたのね。ヴィエン、甘いもの好きだもんねぇ」
一番人気だというフォンダンショコラと、二番人気のオレンジタルトを一つずつ頼む。
その他に、軽食としてケーキの前にシーフードパスタの大盛と、グラタンと、サンドイッチを二つ頼んでいる。ヴィエンは大食いだが、ニケアもそれなりによく食べる。
スラムにいたときに、碌に食べることができなかったこともあり、彼女は食べられるときに食べる癖がついているのだ。アラリクではそれなりに食事を得ることができていたが、逃げ延びたあと一年ほどは碌に食事をすることができなかった。
手元に届いた軽食を二人であっという間に平らげると、食後の紅茶とデザートが出される。
紅茶は香りも良く、このカフェが人気であることがよくわかった。
空腹を満たして周囲を改めて見れば、男女カップルが多い。
さらに、二人が座っているテラス席の前には、程よく咲いたバラや、季節の花たちが心地よさそうに風に揺れていた。
「これは確かにヴィエンが一人で来るのも、隊員と連れ立ってくるのも、気後れするわね」
ニケアはにまりと笑みを浮かべる。
「別に一人でも来れたさ」
「あら、でも気になってたけど結局私を誘ったでしょ」
「ニケアが喜ぶかと思って」
「私が?」
「こないだ、新しいデザートを考えたいって言ってたろ」
そう言って、ヴィエンはニケアから目を反らす。
彼の目線の先には薄藍色の大輪のバラが咲いていた。
わずかに耳がぴくぴくと動いているのを見て、ニケアは口の端を上げる。
「ありがと、ヴィエン。新しいデザートに生かすから、食べに来てよね」
フォークを刺したフォンダンショコラからは、とろりと香りのよいチョコレートがこぼれてきた。
(ヴィエンは本当に、仲間をちゃんと見ててくれる。勘違いしちゃいそうになるくらい――)
彼を諦めようと決意をしたというのに、その端から決意を揺らがせてくるヴィエンに、この恋心をどう決着つけるか。
その一方で、緊張しているときにする彼の癖を見てしまい、膨らんではいけない期待が、ニケアの胸の奥で息をし続けていた。
***
カルケルは、王城の騎士団訓練場の外で密かにケークウォークの隊員が出てくるのを待った。
やがて高い位置にいた太陽が傾き、紫色の空を引き連れた頃、三人ほどの隊員が連れ立って出てくる。
「今日って隊長は休みだっけ?」
「なんか、ドルトさんの行きつけの店に行くって言ってたけど」
「副隊長って伯爵家の人だよね。そんな人の行きつけってどこだよ」
そんな声が聞こえてきた。
「あ、でも夜は店に行くっていってたよ」
「じゃぁ、あそこで合流か」
(その店とやらにヴィエンがいるなら、店内に入らない方がいいな)
ヴィエンに顔を見られてはならない。
まずは店の場所と該当の女の確認までを行う。
計画の基本は、情報の精査だ。
ケークウォーク隊員の近くを、通行人の顔をしてついていく。
彼らは下町と呼ばれる地区の少し手前にある、黄色い壁の店の前で立ち止まった。
店名は『ピステヴォ』。
一階が料理屋で、二階と三階が宿屋になっているらしいそこの、木の扉を開ける。
(――あれは)
扉の奥、カウンターの向こう側に一瞬だけ見えた女。
彼女に見覚えがあった。
隊員たちは店内に入ると扉を閉じる。
カルケルはその中に入ることはなく、店の前を通り過ぎていった。
ピステヴォを通り過ぎ、すぐ近くの飲み屋へ入る。
窓際の席が埋まっていたが、すぐそばで立ち飲みをしながら空くのを待つ。
幾分の時間をかけたが、ピステヴォが見える席に座ることができた。
目の前の窓、そして通りを挟みピステヴォの窓を越えて見える景色に、カルケルは意識を集中させる。
(隊服を着ていないが、あれはヴィエンだな)
カウンターに立ち、厨房の中にいる深緑色の瞳の女と楽し気に会話をしていた。
砕けた表情は、はるか昔アラリクで見せていたものと同じだ。
(やはりあの女が、隊員たちが話していた女だろう)
カルケルは酒を飲みながら、窓の外を見る。
そうして、時間が経つのをただひたすら待った。
やがてピステヴォの店内から客がはけていく。
自分が今いる店は、まだ営業しているらしく、ピステヴォから流れてくる客もいた。
かぶっていたフードを目深にし、万一ヴィエンがこちらに梯子してきても、顔を見られないようにする。
その心配は杞憂に終わり、ピステヴォからケークウォーク隊員とヴィエンが連れ立って出てきた。
彼らを追いだすように見送る女が一人。
彼女はそのまま、店の看板をひっくり返すと中に入っていった。
(あの女は、確かアラリクで厨房にいた娘。名はなんといった? 瞳は――深い緑色)
まるでパズルがぴたりぴたりと嵌まっていくような、そんな感覚がある。
「は……はは……。そうか、あれが笛を吹いたのか」
過去の記憶を引っ張り出したカルケルは、彼女がかつてヴィエンの隣で参謀をしていたことを思い出す。
「――ニケア。あの娘も生きていたのだな」
(どれだけ騎士団員を探しても、見つからないはずだ。男ではなく女だったのだから)
そして。
ケークウォーク隊員の会話を鑑みれば、ニケアがヴィエンの中でどういう立ち位置かがすぐに導き出された。
「面白い。ニケアを利用してやれば、ヴィエンを苦しめることなど容易くなるだろうよ」
カルケルはそう呟くと、残っていた酒を一気に煽り、店を出た。
(さて、まずは伯爵家のお嬢さんを、焚きつけてやるか)
さっさと殺すつもりはない。
じっくりと社会的にも、精神的にも追い詰め嬲り、そうして最後に苦しめながら殺してやる。
カルケルはヴィエンの苦悶の表情を想像し、笑みを浮かべた。
***
「ヴィエン様にまとわりつく、平民の女がいるですって?」
「ええ。王都の下町地区手前にある『ピステヴォ』という店の店主、ニケアという者です」
カルケルの言葉に、ネストリは眉をしかめる。
「そう。その女が私の婚約者を誑かしているのね」
貴族令嬢の矜持が傷ついたのだろう。
ネストリは意地の悪い表情を浮かべた。
「そんな店、お父さまにお願いして潰してしまおうかしら」
彼女の言葉に、カルケルは媚びるように声をかける。
「しかしその店はケークウォーク隊員もよく集う店。伯爵家が潰したとあっては、余計な軋轢も生みましょう」
「……忌々しいこと!」
(せっかくニケアという手駒を見つけたんだ。店を潰して行方を晦まされたら台無しだ)
そんな考えはおくびにも出さず、カルケルは言葉を続けた。
「それよりも、まずはその娘に一度忠告するのはいかがでしょう」
「それもそうね。娘に手を引かせるのが一番いいわ。そうすればあの方も、目を覚ますでしょう」
以前カルケルに相思相愛であると告げた設定を忘れているのか。
ネストリの言葉に、カルケルは心内で苦笑する。
(これだから貴族令嬢というのは、甘いのだ)
まずはネストリを使ってニケアに働きかける。ニケアがヴィエンを拒否してくれれば、まずは上々。
駄目でも自分の手が汚れるわけではない。
「本日のご報告は以上にて」
「ご苦労。また呼び出すから、報酬はそのときよ」
「は――?」
「なぁに、何か問題でも?」
「いえ。それでは次回に必ず」
ネストリの前を去ったカルケルは、これだから貴族令嬢は、と再び心の中で毒づいた。




