第十一話 夜会の準備02
うんうん、と頷いた後、ニケアはヴィエンを見上げた。
「よくわかったわ、ヴィエン。私もそのつもりでドレスを選ぶ」
「どういうつもりかわからんけど、金は俺が出すから気にせず選べ」
「んじゃ、遠慮せず」
(ドレスのお金を全部出すっていうのも、やっぱり職務だからよね。こんなお高いお店のドレスだなんて、そうそう買えないもの)
仕事の支度金になるんだろうな、と思いつつも、さすがにそれを口に出すことはできない。
二人の会話が一段落すると、担当だという女性が二人、待合の部屋に入ってきた。
聞けばドルトの姉や妹の担当もしているらしい。
「いくつかベースとなるデザインをお持ちしますので、まずはそちらをご試着ください」
そう言われて、五種類のドレスが用意された。
ずらりと並ぶそれらに、ニケアは目を幾度も瞬かせる。
「これが……ベースなんですか?」
どれもこれも、完成形にしか見えない。
「はい。デザインから作ることもありますが、今回はお時間がそこまでありませんので、こうしたベースの形に装飾を加えていくことになります」
いえ、これこのままでいいです。
そう言いたいが、何の任務かはわからないが仕事で行くとなれば、それなりの格好の必要があるだろう。
(考えてみれば、私は囮になるにしてもちょうどいいのよね)
咄嗟の判断はできるし、貴族の令嬢と違って走ったり逃げたり反撃したりもできるのだ。
それになにより――。
(ヴィエンの役に立てるなら、嬉しい)
そう考えると、目の前のドレスの中から、どれを選ぶべきかは自ずと決まってきた。
「その真ん中の、裾が少し短めでパニエが広がりすぎてないやつがいいかも」
「あれ、お前ああいうのが好きだったのか?」
意外そうな顔でニケアを見るヴィエンに、さすがに大っぴらには理由を言えずに耳打ちする。
「ううん。あれなら、襲撃にあっても動きやすいし、ドレスの中に武器も入れられるでしょ」
確かにニケアが選んだドレスは、普段の彼女では選ばないようなデザインだった。
それだけに、ヴィエンが違和感を感じてもおかしくはない。
(でも、私のドレス姿なんて見たことないのに、よく好みじゃないってわかったわね)
ヴィエンに自分なりの選択理由を告げたニケアは、どうだと言わんばかりの顔を見せる。そんな彼女に、ヴィエンは額に手を当てて「そうじゃなくて」と小さく零す。
「却下だ。ニケア、あの左から二番目と、一番右のやつ。まずはその二つを試着しろ」
「えっ、なんで?! あんな裾が広がったドレスと、ちょっと後ろが長いドレスなんて、動きにくいじゃん!」
「動き回るのはダンスくらいだ。あとは基本的にじっとしてるし、なんなら俺がエスコートするから心配すんな」
(動き回らない――あ、なるほど)
今回は偵察なのかもしれない。
だとすれば、敵を油断させるために大人しく見せるのも必要なのかもしれない。
「絶対思い違いしてると思うけど、とりあえず着てみせてくれ」
ヴィエンの言葉に、担当の女性がニケアとドレスを試着室へと連れて行く。
試着室の中で一気に採寸までされると、左から二番目、とヴィエンが言った裾が大きく広がったドレスを着る。
光沢のある美しいベージュの生地に、金色の刺繍が施されている。
袖がゆったりととられていて、ニケアのほっそりとした体を繊細に見せた。
「……すごい、きれい」
簡単にポイントメイクを追加され、髪を軽く巻いたあとにまとめられる。
それだけでもいつもよりも華やかになった。
「ドレスに顔が負けるかと思ったけど」
そう呟くニケアに、担当の二人の女性は顔を見合わせて微笑む。
「お嬢さまはとても愛らしいお顔をされていますから、夜会当日までケアをすれば、もっとドレスがお似合いになりますよ」
「それに、とてもスタイルがよろしいので、どんなドレスも合うかと」
さすがに一番左にあった胸を寄せて上げるタイプのドレスには、貧相な体はあわないと思う。が、そう褒められればニケアも嫌な気分はしない。
「ささ、お相手さまに見ていただきましょう」
慣れないドレスで足元が上手く歩けない。
手を引かれながら、「前を蹴るように歩くといいですよ」と教えて貰った。
(まさかあれだけ美しいお貴族様も、ドレスは蹴っ飛ばしているなんて)
――蹴っ飛ばすとは言われていない。
「ヴィエン、どうかな」
ソファで待つヴィエンは、ジャケットを脱いでリラックスしている。
「ニケア! 着てみたの……か……」
彼女の声に顔を上げたヴィエンは、ぴたりと動きを止めた。
「え、何ちょっと。変? やっぱり似合わない?」
自分では思ったよりも似合っていると思ったけれど、やはり貴族令嬢を見慣れてしまったヴィエンには、貧相に見えたのかもしれない。
そう考えたら、急にドレスを着ていることすら恥ずかしくなってしまった。
思わず顔を下に向けてしまう。
(やっぱり、いくら任務だとは言え、調子に乗りすぎたのかもしれない)
そう思って、すぐに脱ぐと言おうと、改めてヴィエンを見る。
(……んん?)
そこにいたのは、想像していたようなヴィエンではなかった。
顔を真っ赤にして、こちらを見ているではないか。
「ねぇ、ヴィエン。似合わない……?」
恐る恐るそう問えば、見たことがないほどの勢いで、首を左右に振る。
「すげぇ……かわいい」
「かわっ?!」
ヴィエンは立ち上がると、ほんの三歩でニケアの目の前まで辿り着き、その頬をそっと指でなぞった。
「ニケア、ドレスすごい似合ってる。かわいい。どうしよう」
「ヴィエン落ち着いて。いくらこのドレスが素敵だからって、褒めすぎ」
「そうじゃなくて――あぁ、もう。せっかくだからもう一つのも着てくれ」
こんなに落ち着きのないヴィエンは初めて見た。
そう思うと、妙におかしくなってくる。
「似合わないんじゃなくて良かった」
まるで凶暴な狼のような顔で、左右に数歩ずつ歩くヴィエンを見ながら、ニケアはもう一度試着室へと戻っていった。




