第十一話 夜会の準備01
目の前の男は何を言っているのだろうか。
ニケアは手に持っていた招待状を、あわててヴィエンの方へ突き返す。
「いや、そんなのできるわけないじゃない!」
そう告げるも、ヴィエンは飄々とした顔で笑う。
「今回の夜会はそもそも、エフェソ伯爵家が手を回して送ってきたんだ」
「エフェソ伯爵家って、この間の政略結婚のお相手」
「そこまで知ってたのかよ」
「馬車の紋章見りゃわかるでしょ」
ニケアの言葉に、ヴィエンは両手をあげてうなずいた。
「そうだったな。――たぶん、もともとは俺のパートナーに、令嬢を付けようと思ってたんだろ」
それが招待状を届けた後に、政略結婚自体が白紙となったのだ。
立場上欠席するわけにはいかないが、とはいえ政略結婚を断った手前、パートナーなしで参加するのもよろしくないということだろう。
パートナーとして誘ってくるということは、何かしら身分を誤魔化す手段でもあるのかもしれない。
そう思えば、悪くない誘いと思えた。
「なるほど。体面、かつ女除けってことね。わかったわ」
「え、いやそうじゃなくて」
「私はドレスを持ってないから、そういうのはよろしくね」
「あ、はい。それはもちろん」
ヴィエンの反論は聞こえなかったのか、ニケアはすっかり仕事モードに切り替わっている。
「あの頃夜会に潜入できなかったから、ちょうどいい経験だわ。夜会の料理って、高級すぎて参考にはならないかなぁ」
そんなニケアを、ヴィエンはカウンターに体を預けて見続けていた。
***
王都ラテラにあるドレスショップにはランクがある。
一番ランクの高い店は、基本的にショーウィンドウを持っていない。高貴な身分の女性に呼ばれ、または高貴な身分の男性の指示で、ドレスを制作する。
二番目のランクの店は、いわゆる一見さんお断り。
紹介状がないと、店の入り口で護衛に足止めされる。この店はショーウィンドウを持っているので、素敵だと思って思わず入りたくなるが、入り口の護衛を見て、王都の民は誰もがそういう店だと気付く。
三番目のランクの店は、紹介状がなくても入れるが、下級貴族や裕福な商人が対象。
そして四番目のランクの店になると、ようやく平民でもお金を貯めれば入ることができる金額と格式の店となる。
「……で、私はなぜ二番目のランクの店にいるのでしょうか」
「なぜって言われても、ドルトが紹介状をくれたから」
ニケアの問いに答えたヴィエンは、「あとなんで丁寧語?」と続けた。
今日のヴィエンは隊服ではなく、ラフなシャツにグレーのパンツ。ただ、さすがにある程度の格式ある店ということで、ジャケットを羽織っていた。それが妙に似合っているので困る。
ちなみにニケアは、この間ヴィエンが買ってくれたワンピースを着ていた。
「この間のワンピースができたから」
そう言って持ってきたヴィエンだったが、裾に見覚えのない刺繍が施されている。
「ねぇ、この金茶の刺繍入ってなかったわよね?」
「それいいだろ? せっかくだから入れて貰った」
さらりと言うが、刺繍を追加で入れるだなんて、お金がかかるのではないだろうか。
まるでヴィエンの髪の毛の色のような刺繍の色に、ニケアは戸惑いつつも、思わず言葉を漏らしてしまった。
「きれいね」
我が意を得たりとばかりに、ヴィエンはうなずくと「明日はそれを着て出かけるぞ」と言い置いて仕事に向かったのだ。
どういうことかと思っていたが、ニケアはドレスショップの前でようやく理解する。
(この店に入れる服、確かに私は持ってないわ)
白亜の建物の中央にあるのは、駒鳥色の大きな扉。その前に警備の男が二人立っていた。
ヴィエンの「ドルトの紹介」という言葉に、ニケアは納得する。
「ドルトさん……。彼ってノポリス伯爵家の三男だったっけ」
「三男だから騎士になろうと思ったみたいだけど、別に普通に家族とも仲いいらしいしな」
ノポリス伯爵家といえば、西部のそこそこ有力な貴族だ。
警備の手がしっかりと入っているから、狙いに行かない方がいいと、アラリクでは言われていた。
(それってつまり、ヴィエンのパートナーを私が担当することをドルトさんは知ってるってことよね。なるほど)
ニケアは一人、納得する。
ヴィエンがただ夜会に参加するだけだなんて、おかしいと思ったのだ。
(ヴィエンはあんな風に言ってたけど、やっぱり何らかの職務なんだわ。私に本当のことは言えない。でもドルトさんの紹介だと言って、それを仄めかしているのね)




