第十話 カルケルの偵察
騎士団の勤務はシフト制だ。
ケークウォークは遊撃隊の名の通り、騎士団とは異なる動きで敵を制圧するための部隊のため、王国騎士団のシフトとは別で、勤務を組まれていた。
そして人数が十人程度しかいないため、二交代制の少々ハードなシフトでもある。
――第三者から見れば。
(なんだこいつら、あんまり王城の中にいないな)
カルケルは、ネストリから届けられた通行証を手に訓練場を歩く。
第三者であるカルケルが入れる場所は、いくら伯爵の名の元でもせいぜい騎士団の訓練場までだった。
それでも、いちいち身分証明をせずとも中に入れるので、十分ではあったが。
ケークウォークと騎士団では制服が異なるので、いればすぐに見分けることはできる。
隊員たちの会話が聞けるぎりぎりまで近づき、柱の陰に立った。
(ヴィエンに顔を見られるわけにはいかないからな。まずは周辺から調査だ。あの笛は、ケークウォークの演武中だったから、他の騎士団員が怪しいが……)
公開演武の時に聞こえた笛の音を誰が吹いたのか。
カルケルの知りたいのは、その人物だった。
調べられるだけの騎士団員を調べたが、見つからない。
そこで、城内に入って顔を見ていこうと思ったのだ。
それには、ネストリの依頼はもってこいだった。
ネストリの依頼である、『恋の障害』については、後回しでいいと考えている。
(せいぜい、貴族ではない人間だからとか、そんな理由で足を引っ張られでもしているんだろう)
ヴィエンの出身については、カルケルはよく知っていた。
だからこそ、愛する女の立場を悪くすることに抵抗があるのではないかと、そう踏んでいる。
「にしてもさぁ、隊長って絶対彼女のこと好きだよな」
「誰が見てもそうだって。あーでもそうか。隊長が相手じゃ、俺勝ち目ねぇわ」
「なに、お前も好きだったの?」
「お前も、ってことはお前もか?」
(おっと、ちょうどネストリ嬢の話か?)
ケークウォーク隊員たちの声が聞こえてくる。
彼らは剣を振りながらも、軽口を交わしあっていた。
(へぇ。こいつらって、おきれいな剣だけじゃないんだな)
遊撃隊であっても、あくまで騎士団の一部だ。
演武のような美しい剣筋ばかりかと思えば、やたら実戦的な打ち合いをしている。
(これはヴィエンの指導か)
カルケルは目を細め、彼らを密かに観察し続けた。
「政略結婚とかさぁ、大変だよな」
「そうそう! 伯爵様だろ? じゃ、隊長あの子を諦めるのかな」
「え、その政略結婚、断ったとか聞いたぜ」
「マジかよ」
(――伯爵家との政略結婚を断った?)
カルケルは聞いていた話と齟齬が出ていることに気付く。
「俺、その話をしてるの、こないだ店で聞いてたんだよ」
「どんなだった? ――うおっ、お前今の突きはなしだろ!」
「気を抜きすぎだって。彼女に聞かれて、隊長はっきり『断った』って言ってた」
(店? こいつらの馴染みの店があるのか)
「そういえば、俺は隊長が彼女の瞳の色の深緑のワンピース買ってるとこ見ちゃった」
「え、隊長ってそんな気遣いできんの?」
「意外~!」
(深緑の瞳の女か)
ネストリの瞳は明るい碧眼だ。やはりどうもおかしい。
新しい情報である瞳の色を記憶し、気配を消してカルケルは静かにその場を去る。
そうして、訓練中の隊員が城から出てくるのを密かに待った。
(ネストリ嬢の言ってることと、隊員が話してること。どちらが本当でも構わない)
まずは確かめること。
ヴィエンの弱点が増える分には、カルケルにとって歓迎すべき問題なのだから。
***
その一週間ほど前。
ニケアの手元には、何故か夜会の招待状があった。
「ヴィエン? これは一体……」
「夜会の招待状」
「それは見てわかるけど」
いつもより早い時間。
今日はヴィエンが休みの日らしく、ニケアの仕込み時間に店に上がりこんでいた。
「来月王城で開かれるやつでさ。商人とかも招待されるラフなやつなんだって」
「へぇ、それはそれは」
ヴィエンは何故、わざわざ自分に招待状を見せに来たのか。
ラフだろうと何だろうと、下町の宿屋兼料理屋の店主には関係がない。
「なんでそんな他人事なんだ?」
「だって他人事でしょう? ヴィエンはこれに警備で出席? それとも」
「トリエンに出ろって言われた」
「――ふぅん」
(やっぱり、貴族の養子ってのはそういうことなのよね。夜会ということは、社交とかいうやつでしょ)
手元の招待状を見る。
美しい装飾文字は、アラリク時代に勉強したことがあった。
夜会に紛れ込み、エモノを狙う。
当時まだ十四だったニケアは、夜会に潜り込んだことはなかったが、そうした計画を立てて、偽の招待状を作ることは朝飯前だった。
(こないだの令嬢との政略結婚は断った、って言ってたけど……。結局ああいうことは、今後も起こりうるのよね)
もう、ヴィエンと自分の立場は違うのだ。
以前と同じように笑いかけてきても、以前と同じように自分の作ったご飯を食べていても、ヴィエンは貴族に属し、ニケアは店主。
かつて、木のうろの中で身を縮めていたときを思う。
ヴィエンが自分のために騎士団に囚われたあのときは、息が止まりそうになった。
それでも、ヴィエンが生き延びろと言ったから。
だから、どうにかここまで生きてきたのだ。
目の前のヴィエンを見上げる。
あのときと変わらない赤い瞳は、いつだって美しく輝いていた。
(この瞳に他の人を映すのを、見たくはないけど)
ゆっくりと自覚したその思いに、けれどニケアはすぐさま別離を決める。
(もう、大事だと思っているものを失うなんて嫌。だったら最初から手に入れない方がいい)
「だから、他人事じゃないぞ」
そんなニケアの気持ちになど気付かないまま、ヴィエンは目を細めた。
「この夜会のパートナーに、ニケアを指定したから」




