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王都の料理屋ですが、元相棒の騎士隊長に見つかりました~盗賊団の過去を隠した二人の再会ロマンス~  作者: 穴澤 空@ドアマットヒロイン1巻発売中!


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第九話 政略結婚の裏側で

 夜になり店を開けると、すぐにヴィエンが入ってきた。

 昼間見かけたときの、貴族然とした服装ではなく、白シャツに黒のパンツという、いつもの隊服の下に着ているものだ。

 髪の毛だけは前髪がきっちりとあがったままだが、後ろ髪は雑に結び直してある。


「なにその前髪」

「似合わないか?」

「別に。結構かっこいいと思うけど」

「こういうの好みか」


 ヴィエンにいつものエールを手渡しながら、ニケアはふいと横を向く。

 昼に見たヴィエンの、見たことのない顔が頭にちらついた。


「お、ヴィエンもう来てたのか」


 後ろからドルトたちも合流する。


「なんだ、ニケアちゃんに報告してたのか?」

「余計なことを言うなよ、ドルト」

「おーこわ。ニケアちゃん、エールあとで俺たちにもよろしく」


 二人の会話を邪魔しないためか。

 ドルトはそれだけ言うと、他の隊員とともに、すぐにいつもの席へと向かう。


「余計なことって?」


 ドルトの言葉をきっちりと拾ったニケアに、ヴィエンは少しだけ気まずそうな顔を浮かべる。


「なんでもない」

「……お貴族様とのデートのあとに、うちの店じゃ温度差が激しいんじゃない?」


 思わず出てしまった卑屈な言い方を、ニケアは後悔した。


(なんで私、こんな言い方。私の店はおいしいじゃない)


 ニケアの物言いに、ヴィエンは目を細める。

 そうして、カウンターに肘をついてニケアの顔を覗き込んだ。


「いつ見てたんだ?」


 まるで心の中を透かされたような気がして、ニケアの顔がカッとなる。

 そんな彼女を見てヴィエンは口元をほころばせた。


「ちなみに、高級レストランもうまかったけど、俺の好みはニケアの飯だ」

「――そりゃそうよ。何年あんたにご飯作ってきたと思ってんの」


 小さくつぶやいたニケアの言葉に、ヴィエンはこれ以上はないほどの笑みを浮かべる。


(あ、いつもの笑顔だ)


 貴族の、華奢な、愛くるしい、あの令嬢に向けていた笑顔ではなく。

 ニケアが昔から見ていた、柔らかな笑み。


「でも、これからは高級レストランの味に慣れてくかもね。あんた、政略結婚するんでしょ」


 なんてことのないように、できるだけ平坦に口にした。

 少なくとも、ニケアはそのつもりだった。

 ヴィエンはそんなニケアの瞳をじっと見つめる。

 そうして、指先でカウンターをトントントントンと四回、そうして指先を小さくくるりと回した。


 それは、アラリクのころの暗号の一つ。

 『解決済み』という合図だ。


 ニケアは顔を見上げる。

 そこには、いつものように自信満々の、それでいて人好きのする笑みを浮かべた男がいた。


「ニケア、俺その政略結婚断ったから」

「断っ……?!」


(政略結婚って断れるものなの? しかも伯爵様からの申し出を?!)


「そのために、先方指定のレストランにまで出向いたんだ。あとはトリエンがうまくやってくれた」


 トリエンはヴィエンの義父であり、騎士団長だ。

 おそらくニケアは知らない貴族間の関係で、断ることができたのだろう。


 とはいえ、まさかあれが断りの場になっていたとは思いもしなかったニケアは、思わず目をうろうろと動かしてしまう。


「相手のお嬢様は、さぞや驚いたことでしょうよ」

「さぁな。向こうにとって俺は、普段身の回りにいない珍しい枠だろうよ。すぐに忘れるさ」


(それは――どうかしら)


 ヴィエンはかっこいい。

 剣の腕がいいし、強いし、仲間思い。

 自分のご飯をおいしいおいしいと言って食べる姿はかわいいが、咄嗟の判断や決断をする時の顔はとても凛々しい。

 その上、貴族然とした服を纏えば、かなり見目も良くなるのだ。


 そんなことを思うニケアの口元に、ヴィエンはそっと親指をかすめさせる。

 不意に触れた、かさりとした指の感覚が、ニケアの意識をヴィエンへと引き戻した。

 それを見て、ヴィエンは少しだけ澄ました、昼間見たような、よく知らない笑みを浮かべる。


「さてレディ。私のために、奥に山のように見えるプリンを一つ、いただけませんか?」


 余所行きの声、余所行きの発音。

 普段自分と話すときとは違う、貴族が使う言葉遣いだ。


(そっか。あの顔は。あの笑顔は)


 自分が見たことのない、特別な笑顔なわけではない。

 自分が見る必要のない、線を引いた相手への笑顔だったのだ。


「今日はプリンは一人二つがノルマよ。もちろん、お代は全部ヴィエン持ち」

「え?! おい、ちょっと!」


 店内に聞こえるように言えば、店にいた客たちが拍手喝采を送った。



   ***



「何よ、あれ!」


 エフェソ伯爵家に呼び出された男は、目の前で不機嫌を隠さない令嬢を冷ややかに見ていた。

 金髪碧眼という美しさに、たれ目で愛らしい容姿はまさに貴族令嬢といえよう。

 そしてその言動もまた、貴族令嬢らしく高慢だった。


「カルケル・ウェスミン男爵。あなたにお願いしたいのは、私の婚約者のことよ。彼の周辺を探ってほしいの」

「婚約者の? 釣り書きに何か問題でもございましたか」


 ねっとりとした媚びる声で話しかければ、令嬢はフンと鼻を鳴らし横を向いた。


「ご婚約者様であるヴィエン・バーゼル卿とネストリさまは、相思相愛にあられるのですが、何かご事情で婚約成立に時間がかかっておりまして」


 令嬢――ネストリ・エフェソの侍女は、補足するようにそう告げる。


「ヴィエン・バーゼル卿とは、あのケークウォークの隊長の?」


 カルケルがそう問えば、ネストリはぱっと顔を明るくしうなずく。


「ええそうよ。あなたもご存じかしら? あのとても美しい方よ。私のことが好きなのに、婚約を辞退すると言い出してて……。きっと彼の邪魔をしている何かがあるのよ」

「――ヴィエン・バーゼル卿は、お嬢さまのことを」

「お互いに一瞬で恋に落ちたのよ。あの方の私を見る瞳、あなたにも見せて差し上げたいわ」


 うっとりとそう告げるネストリに、カルケルはにんまりと笑みを浮かべた。


(まさか、ヴィエンの大事な女が目の前に現れるとはな。運は俺に向いてきてる)


 心の内を一切見せず、カルケルは紳士的な礼をする。


「ケークウォークは王都の中を動き回る部隊。貴族街以外の様子を調べるのであれば、まさに私めがぴったりでしょう。どうぞお嬢さまはご婚約者様であるヴィエン・バーゼル卿を信じて、ゆったりとお待ちください」

「ふふ。頼もしいわ。そうね――前金はこのくらいでいいかしら?」


 どさりと置かれた麻の袋の中には、金貨が詰まっている。


「残りはあなたの働き次第。私の恋の障害が何かを調べて頂戴」


 前金としても十二分な金額が渡されたのは、それだけの価値をヴィエンに付けているからか。

 それとも世間一般の相場を知らない、箱入り娘だからなのか。


(どちらでもいいが。俺はヴィエンの動向と弱みであるこの女を抑えることができて、しかも金も得られる)


 カルケルにとっては、おいしさしかない仕事に感じた。


「一点だけ調査のためにお願いが」

「言ってごらんなさい」

「ケークウォークの団員周辺も調査をしたいので、王国騎士団への出入り証を伯爵名義でお出しいただけませんか」


 その言葉に、ネストリはまるで羽虫を見るような目線をカルケルに向ける。


「そうね。あなたの奥方は病弱で社交界には出ていないし、ウェスミン男爵ご自身も、所詮は婿入りした卑賤の身。王城や騎士団への伝手なんて、あるわけなかったわね」


 ネストリの言葉に、カルケルは笑みを貼り付けたまま目を細めた。

 彼女が口にしていることは真実で、彼の妻は結婚後に病に伏し、今では隣国エイレーネで妻の家族ともども療養のために暮らしている。


「お嬢さまのお言葉の通り、私は身一つで男爵家に婿入りした者ですから。愛する妻が不在の今、社交界で蝶や花に近寄ることもできません」


 カルケルの言葉に、ネストリは嫌悪を抱いたように眉をしかめた。


「あなたのようなおじさんが、女性に近付くですって?! 悍ましいことを言わないでちょうだい」

「ネストリさま。彼は没落したウェスミン男爵家を金で買った身。高貴な人間の常識がおわかりにならないのでしょう」


 侍女までがカルケルを貶める。それも当然で、彼女はネストリの親戚筋にあたる伯爵家の三女で、行儀見習いを兼ねてネストリに仕えていた。


「……失礼致しました。私の言葉が足りていなかったようです。社交の場にでることはございましても、高貴な身分の方々とお言葉をそこで交わすことは叶いません。どうぞお嬢さまのご希望を満たすためにも、王国騎士団への出入り証を」


 殊更卑屈に聞こえるようにそう言うと、ネストリは満足したのか、口元をゆるりとあげた。


「あとであなたの元に届けさせるわ」


 ネストリは伯爵から溺愛されている。

 その程度のお願い事であれば、一も二もなく叶えてくれるだろう。


「それでは、しばし御前を失礼いたします」


 うやうやしく頭を下げ、カルケルは部屋を出る。

 廊下を慌ただしく行き交う使用人たちは、彼の姿を見て嘲笑するような笑みを浮かべた。


(クソ。どいつもこいつも、俺をバカにしやがって)


 侍女はともかく、他の使用人は下位貴族や平民も多い。

 

(俺は今や男爵だぞ。しかも金だって持っている。お前らごときがバカにしていい存在じゃない)


 ぎろり周囲を見れば、誰もが目線をそらしていく。


「ウェスミン男爵。お出口はあちらです」


 屋敷の護衛らしき男が、カルケルに声をかける。

 有無を言わさず、屋敷の中から追い出そうとするその口調に、カルケルは小さく舌打ちをしながら門を出て行った。


(腹立たしいが――ヴィエンを苦しめる手札として利用して、そのときにこの女にしっかり身の程を知らせてやればいい)


 ついでにあの生意気な侍女も、連れて行くか。


(貴族の女は、泣かせて跪かせてこそ価値がある)


 馬車の中でカルケルは、窓の外を見ながら、これからの計画を脳内に立てた。


(あの公開演武で笛を吹いた男は、きっと騎士団員だろう)


 ヴィエンの弱みは多ければ多いほどいい。

 ネストリという愛する人と、元アラリクの仲間。


(その二つが手に入れば、ヴィエンを苦しめ、殺すことなど容易いことよ)


 カルケルはゆっくりと、王都の街へと消えていった。

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