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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第44話「返事」

妹の手紙が届いてから、


三日が過ぎた。



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相沢は毎晩、


その便箋を読み返していた。



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紙は一枚。



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文章も長くない。



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だが、


そこには母親の手紙とは違う重みがあった。



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優しさだけではない。



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怒りだけでもない。



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整理できない感情が、


そのまま書かれていた。



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そして相沢は、


初めて返事を書こうとしていた。



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午前作業。



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手は動いている。



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だが頭の中では、


何を書くべきかばかり考えていた。



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謝罪。



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感謝。



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反省。



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どの言葉も軽く思えた。



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「ごめん」



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その一言だけでは足りない。



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だが、


何百行書いても足りない気もする。



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昼休み。



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食堂の隅。



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相沢は便箋を前に座る。



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白い紙。



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何も書かれていない。



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まるで今の自分みたいだった。



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ペンを持つ。



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だが動かない。



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最初の一行が出てこない。



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隣の席に長期刑の男が座る。



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何も聞かない。



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ただ、


紙を見て理解したらしい。



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しばらくして、


男が小さく言う。



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「正しいこと書こうとするな」



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相沢は顔を上げる。



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男は味噌汁を飲みながら続ける。



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「どうせ無理だ」



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「そんな言葉ねえから」



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相沢は黙る。



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男はさらに言う。



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「本当のこと書け」



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「格好悪くてもな」



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それだけだった。



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午後。



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作業が終わる。



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房へ戻る。



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相沢は机に向かう。



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そして、


ゆっくり書き始める。



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「手紙ありがとう」



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最初の一文。



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たったそれだけなのに、


少しだけ肩の力が抜けた。



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続ける。



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「何度も読みました」



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「返事を書くのが怖かった」



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「何を書いても足りないと思ったから」



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ペンが進む。



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初めてだった。



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誰かに読ませるためではない。



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審査のためでもない。



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反省文でもない。



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ただ妹に向けた言葉。



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「許してほしいとは言えません」



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「怒っていて当然だと思います」



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「それでも手紙をくれて嬉しかった」



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そこで一度止まる。



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胸が苦しくなる。



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そして最後に、


一文だけ付け加えた。



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「生きていてよかったと思ってくれてありがとう」



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書き終わる。



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短い手紙だった。



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立派な文章ではない。



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謝罪として十分かも分からない。



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だが嘘はなかった。



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夜。



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消灯前。



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封筒を閉じる。



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妹の名前を書く。



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その名前を書くのは、


事故以来かもしれなかった。



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相沢は封筒を見つめる。



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たった一通。



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だが、


家族との間に止まっていた時間が、


ほんの少しだけ動いた気がした。



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暗闇。



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目を閉じる。



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返事を書くことは、


過去を消すことではない。



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壊れた関係を元に戻すことでもない。



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それでも、


止まっていた場所から一歩だけ前へ進むことなのかもしれなかった。



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