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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第45話「返ってきた秋」

妹へ手紙を出してから二週間。



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施設の庭にある木々が、


少しずつ色を変え始めていた。



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夏は終わった。



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誰に許可を取ることもなく、


季節だけは進んでいく。



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相沢は朝の整列中、


空を見上げた。



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高い。



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事故の前も、


秋の空はこんなだっただろうか。



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思い出せない。



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最近、


昔の記憶が少しずつ曖昧になっていた。



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事故の瞬間は鮮明なのに、


それ以前の日常は薄れていく。



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それが少し怖かった。



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午前作業。



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職員が近づいてくる。



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相沢は特に気にしていなかった。



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だが、


差し出された封筒を見て動きが止まる。



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妹からだった。



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二通目。



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相沢は思わず封筒を握りしめる。



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昼休みまで待つ。



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作業中も気になった。



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だが急いで読む気にはなれなかった。



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怖かったからだ。



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自分の手紙に対する返事。



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そこには、


どんな言葉が書かれているのだろう。



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昼休み。



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静かな場所に座る。



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ゆっくり封を開く。



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便箋は二枚になっていた。



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最初の一文。



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「返事ありがとう」



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それだけで少し救われる。



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妹は続けていた。



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「正直、お兄ちゃんから返事が来ると思わなかった」



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「だから少し驚いた」



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相沢は苦笑する。



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自分でもそう思う。



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事故の後、


家族から逃げていたのは自分の方だった。



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次の文章。



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「まだ会う勇気はない」



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「でも手紙なら読める」



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胸が少し痛む。



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当然だった。



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手紙と現実は違う。



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文字は読める。



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だが顔を見ることは、


まだ別の問題なのだ。



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さらに読み進める。



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「最近、お母さんが少し笑うようになった」



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「前より話もする」



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相沢はそこで目を止める。



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母親。



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あの日、


面会室で無理に笑っていた母親。



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少しでも楽になっているのだろうか。



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妹は続ける。



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「たぶん手紙を書いたからだと思う」



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「お兄ちゃんがちゃんと生きてるって分かったから」



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相沢は言葉を失う。



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そんな小さなことだったのかもしれない。



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返事を書く。



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たったそれだけ。



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それだけで、


家の空気が少し変わる。



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最後の一文。



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「秋になったら庭の金木犀が咲くよ」



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「お兄ちゃん覚えてる?」



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相沢は目を閉じる。



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覚えている。



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家の庭の隅。



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毎年秋になると香りがした。



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子供の頃は気にしなかった。



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だが大人になってから、


その匂いを嗅ぐと秋を感じるようになった。



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その記憶は、


まだ消えていなかった。



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夕方。



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房へ戻る。



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手紙をもう一度読む。



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そこには許しはない。



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「大丈夫」もない。



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だが、


会話がある。



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それだけで十分だった。



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夜。



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消灯。



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暗闇の中、


相沢は金木犀の香りを思い出していた。



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外ではもうすぐ咲くのだろう。



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自分は見ることができない。



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それでも、


誰かがその話をしてくれる。



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それは昔の自分なら、


当たり前すぎて気づかなかった幸せだった。



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相沢は静かに目を閉じる。



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人は時々、


失ってからではなく、


“まだ残っているもの”によって救われるのかもしれなかった。



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