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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第43話「妹の手紙」

継続審査の通知から一週間。



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施設の日常は、


何事もなかったように流れていた。



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起床。



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点呼。



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作業。



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食事。



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変わらない。



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だが相沢の中だけは、


少しだけ落ち着かなかった。



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“出るかもしれない”。



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その可能性を知ってしまうと、


時間の感じ方が変わる。



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今まで止まっていた未来が、


急に輪郭を持ち始める。



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午前作業の終わり頃だった。



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職員が声をかける。



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「302」



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相沢は立ち上がる。



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また面談かと思った。



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しかし違った。



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小さな封筒だった。



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郵便。



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差出人欄を見る。



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その瞬間、


相沢の呼吸が止まりそうになる。



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妹の名前だった。



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初めてだった。



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事故後、


妹から直接届いたものは一度もない。



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母親の手紙には何度か名前が出た。



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だが本人から来たことはなかった。



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相沢は封筒を見つめる。



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すぐには開けられない。



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手が少し震えていた。



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房へ戻る。



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布団の上に座る。



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何分もそのままだった。



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そして、


ゆっくり封を切る。



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便箋は一枚。



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妹らしい小さな文字。



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最初の一文を読んだ瞬間、


相沢は目を閉じた。



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「久しぶり」



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それだけだった。



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責める言葉もない。



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怒りもない。



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ただ、


久しぶり。



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普通の挨拶。



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その普通さが苦しかった。



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続きを読む。



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「何を書けばいいのか分からない」



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「だから何度も書き直した」



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「でも結局、何も上手く書けなかった」



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相沢は紙を持つ手を止める。



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妹も苦しんでいた。



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言葉を探していた。



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続き。



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「お母さんから面会の話を聞いた」



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「元気そうだったって」



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「それだけで少し安心した」



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涙は出ない。



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だが胸の奥が痛む。



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妹は続けていた。



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「私はまだ全部整理できてない」



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「正直、今もよく分からない」



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「許したのかも分からない」



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「怒っているのかも分からない」



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相沢は息を止める。



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それが一番正直な言葉だった。



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人は、


そんなに簡単に整理できない。



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最後の方に、


短い文章があった。



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「でも、お兄ちゃんが生きていてよかったと思う日もある」



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相沢はそこで読むのを止めた。



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文字が滲んで見えた。



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妹は許していない。



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たぶんまだ傷ついている。



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それでも、


“生きていてよかった”と思う日がある。



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その一文だけで、


何かが少し変わる。



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夜。



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消灯。



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相沢は手紙を何度も読み返す。



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母親の優しさとは違う。



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父親の沈黙とも違う。



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妹の言葉は、


傷ついたまま差し出されたものだった。



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だから重い。



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そして、


本物だった。



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相沢は静かに目を閉じる。



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家族との距離は、


元には戻らない。



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だが、


完全に切れてもいない。



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その事実が、


暗闇の中で小さな灯りのように感じられた。



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初めて相沢は、


出所後の未来を少しだけ想像した。



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怖い未来ではなく、


“まだ終わっていない未来”として。

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