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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第41話「仮釈放の影」

その日、


施設全体の空気が少しだけ張り詰めていた。



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理由は単純だった。



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相沢の仮釈放審査が、


“仮の仮”ではなく、


現実の工程へ進んだという通知が出たからだ。



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午前作業の前。



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職員が短く告げる。



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「302」



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「審査面談準備」



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その瞬間、


周囲の視線が一度だけ揺れる。



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羨望でも、


嫉妬でもない。



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ただ、


“時間が違う人間”を見る目だった。



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長期刑の男は何も言わなかった。



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だが、


一瞬だけ手が止まった。



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それがすべてだった。



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廊下を歩く。



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いつもより長く感じる距離。



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途中、


窓のない壁の前で足が止まりそうになる。



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外の気配はない。



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なのに、


なぜか“向こう側”を意識してしまう。



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面談室。



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机。



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書類。



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そして職員と、


見知らぬ第三者。



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外部審査官だった。



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その男は淡々と資料をめくる。



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感情はほとんどない。



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ただ数字と記録だけを見ている。



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「反省状況」



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「生活態度」



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「再犯リスク」



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人間の過去が、


分類されていく。



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相沢は椅子に座ったまま、


その言葉を聞いていた。



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質問が続く。



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「事故当日の認識」



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「同乗者との関係性」



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「飲酒を止めなかった理由」



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そのたびに、


胸の奥が少しずつ冷えていく。



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言い訳はできない。



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事実は変わらない。



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だが、


一つだけ答えに詰まる質問があった。



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「あなたは今、自分をどう認識していますか」



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相沢は沈黙する。



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加害者。



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被告。



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受刑者。



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どれも正しい。



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だがどれも違う気がした。



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少しだけ時間を置いて、


相沢は答える。



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「……分かりません」



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審査官は頷く。



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否定でも肯定でもない。



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ただ記録するための動き。



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面談が終わる。



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廊下に出る。



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空気が少し軽い。



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だが同時に、


何かが決まってしまった感覚もある。



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夕方。



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房。



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長期刑の男がぽつりと言う。



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「もう戻る準備か」



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相沢は答えない。



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男は続ける。



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「外に出るってのはな」



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「終わりじゃなくて、別の始まりだ」



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その言葉が重く残る。



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夜。



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消灯。



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相沢は目を閉じる。



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もし出られたとして。



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そこに“救い”はあるのか。



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それとも、


今より長い孤独が始まるだけなのか。



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答えはまだ、


どこにもなかった。

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