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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第40話「戻るという選択肢」

仮釈放の話が出てから数日。



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施設の空気は、


何も変わらないようでいて微妙に変わっていた。



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同じ作業。



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同じ点呼。



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同じ食事。



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それでも、


相沢の中だけは少しだけ騒がしかった。



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“戻る可能性”。



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その言葉が頭から離れない。



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午前作業。



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長期刑の男がいつものように話しかける。



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「呼ばれたんだってな」



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相沢は頷く。



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男は少しだけ手を止める。



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「どう思った」



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相沢はすぐに答えられなかった。



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「……怖いです」



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それが正直だった。



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男は笑わない。



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代わりに静かに言う。



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「だろうな」



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「出る方が怖い奴もいる」



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その言葉は、


以前よりも重く感じた。



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作業を続けながら、


男は淡々と続ける。



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「ここはな」



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「閉じてるけど、分かりやすい」



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「外は開いてるけど、曖昧だ」



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相沢はその言葉を噛みしめる。



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確かにそうかもしれない。



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ここでは、


やることが決まっている。



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時間も決まっている。



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人間関係も限られている。



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だが外は違う。



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何をしてもいい世界。



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だからこそ、


何をしていいか分からない世界。



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昼休み。



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テレビでは新しい事件が流れていた。



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誰かの不祥事。



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誰かの事故。



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相沢はそれを見ながら思う。



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外の世界は、


常に誰かを処理しながら進んでいる。



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そしてその中で、


自分の事件もすでに“過去の一部”になっているのだろう。



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午後。



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作業中、


相沢はふと手を止める。



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もし出られたとして、


自分はどこへ行くのか。



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家。



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その言葉はある。



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だが実体がない。



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家に帰るというより、


“記憶の中の場所へ戻る”に近い。



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夕方。



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房。



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相沢は壁に背を預ける。



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長期刑の男の言葉が浮かぶ。



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「外は曖昧だ」



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その意味が少しだけ分かる気がした。



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外にはルールがない。



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だからこそ、


自分の立ち位置も決められない。



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夜。



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消灯。



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暗闇の中で、


相沢は静かに考える。



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もし戻ることができたとして、


それは“救い”なのか。



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それとも、


もっと長い罰の始まりなのか。



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答えは出ない。



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ただ一つ分かるのは、


自分はまだどちらにも進めない場所にいるということだった。

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