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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第37話「秋が来る前に」

八月の終わり。



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施設の空気が少しだけ変わり始めていた。



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朝の熱気が弱くなる。



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夜風が少し乾く。



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夏が終わり始めている。



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だが、


相沢にはその変化がどこか怖かった。



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季節が進む。



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つまり、


事故から時間が過ぎているということだった。



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午前作業。



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窓の高い位置から、


白い光が差し込んでいる。



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以前より柔らかい光だった。



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相沢は作業をしながら、


ふと考える。



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自分はこの夏、


何をしていたのだろう。



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作業。



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点呼。



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食事。



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睡眠。



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同じ繰り返し。



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その中で、


何かが変わった気もする。



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だが、


何が変わったのか説明できない。



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昼休み。



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テレビでは台風情報を流していた。



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秋雨前線。



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残暑。



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季節を表す言葉だけが流れていく。



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隣の男が小さく言う。



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「秋は嫌いだ」



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相沢は見る。



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男はテレビを見たまま続ける。



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「外を思い出すから」



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その言葉が静かに残る。



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夏はまだ、


熱さで誤魔化せる。



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だが秋になると、


人は急に孤独を意識し始める。



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空気が冷える。



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日が短くなる。



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“終わっていく感じ”が増える。



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午後。



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作業中、


遠くで鳥の声が聞こえた。



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季節の変わり目によく聞く声。



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相沢はその音を聞きながら、


昔の帰り道を思い出していた。



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仕事帰り。



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夕焼け。



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コンビニの灯り。



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疲れていたが、


まだ“次の日が普通に来る”と思っていた頃。



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その頃の自分は、


未来を疑っていなかった。



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だが今は違う。



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未来を考えるたび、


空白が先に浮かぶ。



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夕方。



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房へ戻る。



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空気が少し涼しい。



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それだけで、


時間の流れを感じてしまう。



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相沢は布団に座る。



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事故から、


もう何ヶ月も経っている。



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外の世界では、


季節が変わり、


服装が変わり、


人間関係も少しずつ動いている。



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だが、


自分だけが同じ場所にいる。



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その感覚が、


最近さらに強くなっていた。



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夜。



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消灯。



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暗闇。



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少し涼しい空気。



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相沢は静かに目を閉じる。



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秋が来る。



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それは単なる季節ではない。



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“時間が本当に進んでしまった証拠”だった。



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そして人は時々、


前へ進むことより、


“置いていかれる感覚”に深く傷つくのだった。

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