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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第36話「夢の中の交差点」

その夜。



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相沢は久しぶりに、


はっきりした夢を見た。



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交差点だった。



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夜の道路。



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赤信号。



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コンビニの光。



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事故の前と同じ景色。



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健が笑っている。



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「大丈夫だって」



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あの時の声。



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相沢は夢の中で、


何かを言おうとしていた。



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止めろ。



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帰ろう。



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やめろ。



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だが声が出ない。



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喉が動かない。



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健は笑ったまま、


運転席へ向かう。



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相沢は追いかけようとする。



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しかし足が重い。



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身体が進まない。



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信号が変わる。



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ライト。



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ブレーキ音。



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そして、


大きな衝突音。



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相沢はそこで目を覚ました。



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暗闇。



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息が荒い。



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額に汗が滲んでいた。



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しばらく、


自分がどこにいるのか分からなかった。



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刑務所。



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房。



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現実が少し遅れて戻ってくる。



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遠くで誰かの寝息が聞こえる。



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時計は深夜を回っていた。



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相沢は起き上がる。



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喉が乾いている。



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夢だった。



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だが、


夢の方が現実より鮮明だった。



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事故後、


相沢は何度もあの夜を思い返してきた。



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もし止めていたら。



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もし鍵を取っていたら。



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もし先に帰っていたら。



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その“もし”は、


何百回考えても終わらない。



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だが最近は、


少しずつ考えないようになっていた。



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考えると、


日常が止まるからだ。



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しかし夢は、


無理やりそこへ引き戻してくる。



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相沢は壁にもたれる。



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暗闇の中で、


事故の瞬間だけが何度も浮かぶ。



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衝突音。



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割れるガラス。



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一瞬の静寂。



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あの日から、


人生が二つに割れた。



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事故前。



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事故後。



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その境界は、


今も頭の中で鮮明だった。



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相沢は目を閉じる。



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長期刑の男が以前言っていた。



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「考えると壊れるから、考えなくなる」



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たぶん、


本当にそうなのだろう。



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だが完全には消えない。



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記憶は、


静かになった頃に戻ってくる。



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特に夜は。



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外の音が少なくなり、


世界が止まったように感じる時間。



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その時、


人は自分の過去から逃げられなくなる。



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再び横になる。



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眠気は戻らない。



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窓のない部屋。



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暑い空気。



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浅い呼吸。



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相沢は静かに思う。



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罪とは、


判決のことではない。



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“何度でも同じ瞬間へ引き戻されること”なのかもしれなかった。

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