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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第32話「面会申請書」

午後の休憩時間。



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職員が数枚の紙を配っていた。



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順番に机へ置かれていく。



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相沢の前にも、


一枚の用紙が置かれた。



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「面会申請」



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文字を見た瞬間、


相沢は少しだけ手を止める。



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ここでは、


紙一枚で世界との繋がりが決まる。



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誰に会うか。



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会う必要があるか。



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その判断まで、


書類になる。



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周囲の受刑者たちは、


慣れた様子で記入していた。



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家族。



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兄弟。



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知人。



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誰かの名前を書いていく。



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相沢はペンを持つ。



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だが、


すぐには書けなかった。



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母親。



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父親。



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妹。



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名前は浮かぶ。



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しかし、


そこに自分から“会いたい”と書くことが、


妙に怖かった。



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会えば、


また現実が増える。



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父親の老けた顔。



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母親の無理をした笑顔。



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妹の沈黙。



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それらを見るたび、


自分が壊したものの形がはっきりする。



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相沢は空欄のまま、


しばらく用紙を見つめる。



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隣の長期刑の男が小さく言う。



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「書かねえのか」



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相沢は曖昧に答える。



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「……迷ってます」



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男は少し笑う。



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「最初はみんなそうだ」



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「会いたいのに、会いたくねえ」



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その言葉が、


驚くほど正確だった。



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会いたい。



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でも、


会えば“失った距離”を実感する。



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だから怖い。



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男は続ける。



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「そのうちな」



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「来なくなる方が怖くなる」



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相沢は何も言えない。



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来なくなる。



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つまり、


完全に日常から外れるということだ。



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午後の作業再開。



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だが相沢は、


しばらく集中できなかった。



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家族に会うこと。



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それは希望ではなく、


“自分がまだ外と繋がっている確認作業”なのかもしれない。



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夕方。



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提出時間。



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受刑者たちが順番に紙を出していく。



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相沢の番が来る。



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職員が言う。



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「どうした」



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相沢は数秒黙る。



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そして、


ゆっくり名前を書く。



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「母」



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それだけだった。



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妹の名前は書けなかった。



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父親も。



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まだ向き合う勇気がなかった。



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夜。



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房。



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相沢は天井を見る。



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面会申請。



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ただの書類。



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だが、


その紙一枚に、


“人との距離”が全部詰まっていた。



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誰に会いたいか。



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誰に会えないか。



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それは、


今の自分そのものだった。



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消灯。



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暗闇の中で、


相沢は静かに思う。



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人は孤独になると、


誰にも会いたくなくなるわけではない。



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むしろ逆だ。



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“会うことで壊れるのが怖くなる”のだった。

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