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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第29話「外から来る手紙」

ある日の午後。



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作業を終えたあと、


職員が相沢の番号を呼んだ。



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「302」



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最近、この呼ばれ方にも少し慣れてきていた。



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相沢は無言で前に出る。



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職員は短く言う。



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「郵便」



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その一言で、


胸の奥が少しだけ動く。



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手紙。



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ここでは珍しいものだ。



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相沢は受け取る。



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白い封筒。



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差出人欄を見る。



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母親の字だった。



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それだけで、


少し呼吸が浅くなる。



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房に戻る。



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布団の上に座る。



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しばらく封筒を見つめる。



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開ける前に、


内容が怖いと感じる。



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怒りではない。



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責めでもない。



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ただ、


“現実がそこにあること”が怖い。



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ゆっくり封を開ける。



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便箋は一枚だけだった。



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文字は丁寧だった。



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「元気にしていますか」



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「こっちは変わりありません」



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「暑くなってきました」



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いつもの母親の文章。



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“普通”を保とうとしている文章。



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だが最後にだけ、


少しだけ違う一文があった。



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「妹が、あなたの話をあまりしなくなりました」



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相沢の手が止まる。



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続けて読めない。



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紙の文字が、


急に重くなる。



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“話をしなくなった”。



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それは、


怒っているわけでも、


忘れたわけでもない。



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ただ、


そこに触れないようにしている状態だ。



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家の中で、


自分という存在を避けている。



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相沢はゆっくり息を吐く。



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事故のあと、


妹は泣かなかった。



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ただ沈黙していた。



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その沈黙が、


今も続いているのだと思った。



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手紙の最後。



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母親の字が少しだけ乱れていた。



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「ちゃんと食べていますか」



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「体に気をつけてください」



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そして一行。



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「返事は無理にしなくていいです」



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相沢は目を閉じる。



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無理にしなくていい。



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それは優しさだ。



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だが同時に、


“もう以前のようには戻らない”という宣言にも聞こえた。



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外へ出る。



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窓のない廊下。



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蛍光灯の白さ。



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相沢は思う。



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家族との距離は、


会わないことで開くのではない。



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言葉が減ることで、


静かに広がっていく。



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そしてその距離は、


誰にも見えないまま増えていく。



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夜。



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房。



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相沢は手紙をもう一度開く。



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妹の名前の話はない。



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写真もない。



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ただ“日常”だけが書かれている。



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それが一番つらかった。



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自分がいなくても、


家は普通に続いている。



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そこに自分の席はもうない。



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相沢は静かに紙を折る。



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そして思う。



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人は罰を受けると、


自由だけでなく、


“誰かの話題に残る権利”まで失っていくのかもしれないと。

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