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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第27話 「長い刑期の男」

新しい施設へ来てから一週間。


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相沢は少しずつ、


ここ独特の空気を理解し始めていた。


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前の施設より人が多い。


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音も多い。


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だがその分、


“諦め”も濃い。


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短期の者。


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何度目かの収監者。


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長期刑。


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色々な時間が、


同じ空間に混ざっている。


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午前作業。


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相沢は黙々と手を動かしていた。


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その時、


向かいの席に新しく男が座る。


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四十代後半くらい。


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痩せている。


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目だけが妙に静かだった。


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男は座るなり、


何も言わず作業を始める。


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動きに無駄がない。


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慣れている。


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相沢は視線を戻す。


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しばらくして、


男が小さく言った。


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「移送組か」


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また同じ言葉。


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相沢は頷く。


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男は続ける。


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「何年?」


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刑期の話だった。


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相沢は短く答える。


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「……まだ浅いです」


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男は少しだけ笑う。


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「聞いてねえよ」


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初めて、


少し人間っぽい空気が出る。


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相沢は答える。


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「七年です」


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男は手を止めない。


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「そうか」


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それだけ。


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だがその“それだけ”に、


妙な重みがあった。


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しばらくして、


相沢は聞き返す。


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「あなたは」


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男は淡々と言う。


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「十八」


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相沢は一瞬、


言葉を失う。


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十八年。


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時間の感覚が崩れる数字だった。


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男は静かに続ける。


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「もう九年目」


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九年。


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相沢は計算しそうになってやめる。


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まだ半分。


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そんなことを考える資格が、


自分にはない気がした。


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男は作業を続けながら言う。


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「最初はな」


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「毎日、外のこと考える」


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「家族とか、季節とか、ニュースとか」


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相沢は黙って聞く。


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男の声には、


感情の起伏がほとんどない。


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「でも途中から、逆になる」


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「考えると壊れるから、考えなくなる」


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その言葉が、


静かに刺さる。


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相沢はふと尋ねる。


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「忘れるんですか」


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男は少し考える。


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「忘れるっていうより」


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「遠くなる」


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「実感がなくなる」


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外の空気。


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町。


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家族。


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それら全部が、


“テレビの向こう側”みたいになるらしい。


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昼休み。


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相沢は珍しく食欲がなかった。


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十八年。


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九年。


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その数字が頭に残っている。


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自分の七年ですら、


気が遠くなっていた。


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なのに、


その倍以上。


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人間は、


そんな長さを生きられるのか。


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午後。


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作業終了間際。


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男が小さく言う。


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「名前、なんだっけ」


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相沢は一瞬止まる。


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「……相沢です」


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男は頷く。


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「そうか」


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そして少しだけ笑う。


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「まだ名前で答えられる顔してるな」


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相沢は返事ができない。


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その言葉は、


褒め言葉にも警告にも聞こえた。


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夜。


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房。


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相沢は布団に横になる。


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十八年。


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もし自分がそこまでここにいたら。


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季節は何回来る。


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家族は何歳になる。


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父は老いる。


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母も。


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妹も。


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その時、


自分はまだ“外の時間”を理解できるのだろうか。


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遠くで誰かが笑った。


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短い笑い声。


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だがその音ですら、


長い年月の中で削れていく気がした。


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相沢は目を閉じる。


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刑期とは、


時間の長さではない。


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“人が外の世界を実感できる限界”を削っていくものなのかもしれなかった。


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