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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第25話「移送先の空気」

車はしばらく無言のまま走った。



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窓の外だけが動いている。



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住宅街。



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道路。



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信号。



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どれも同じ速度で流れていく。



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相沢は座席に体を預けたまま、


何も言わない。



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隣の受刑者も同じだった。



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会話はない。



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必要もない。



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やがて景色が少し変わる。



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建物が減る。



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空が広くなる。



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郊外の施設へ向かっているのが分かる。



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到着。



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車が止まる。



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扉が開く音。



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外の空気が一気に入ってくる。



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少しだけ湿った風。



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さっきまでの“管理された空気”とは違う匂いだった。



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相沢は立ち上がる。



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新しい施設の門が見える。



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同じようで、


どこか違う。



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古いコンクリート。



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少し剥がれた塗装。



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時間の蓄積がある場所だった。



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中へ入る。



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受付。



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確認。



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書類。



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形式的な流れ。



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誰も相沢を見ていない。



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正確には、


“個人として見ていない”。



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ただの移動データとして扱われている。



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廊下を進む。



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ここでも静かだ。



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だが前の施設と違うのは、


“静けさの質”だった。



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前は管理された静けさ。



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ここは、


少し疲れた静けさ。



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生活の跡がある静けさ。



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部屋に案内される。



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扉。



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鉄格子。



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中へ入る。



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空気が変わる。



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狭い。



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だが重くはない。



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ただ、


少しだけ“人の時間が長く残っている空間”だった。



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相沢は荷物を置く。



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布団。



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机。



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最低限。



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座る。



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静か。



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だが不思議と、


前の場所ほどの“無”ではない。



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遠くで声がする。



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扉の開閉。



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足音。



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生活の気配。



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ここではまだ、


時間が完全に固定されていない。



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相沢はゆっくり息を吐く。



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移動は終わった。



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だが何かが始まったわけでもない。



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ただ、


“違う場所に置かれただけ”。



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それだけだった。



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夜。



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新しい房。



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相沢は天井を見る。



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音は少し多い。



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だが孤独は変わらない。



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むしろ、


“孤独の種類”が変わっただけだった。



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前の場所は、


静かに削れていく孤独。



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ここは、


誰かの気配がある孤独。



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どちらが良いのかは分からない。



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ただ一つ分かるのは、


自分はまだどこにも属していないということだった。



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相沢は目を閉じる。



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そして思う。



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移動とは、


環境の変化ではない。



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“孤独の形が変わるだけの出来事”なのだと。

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