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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第24話「名前のない朝」

移動当日。



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まだ夜の気配が残る時間に起床だった。



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点呼はいつもより静かだった。



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誰も大きな声を出さない。



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空気が、


すでに“終わりかけの場所”になっている。



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相沢は荷物をまとめて立ち上がる。



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軽い。



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軽すぎるのが逆に不安だった。



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廊下に出る。



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同じように数人が並んでいる。



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誰も目を合わせない。



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ただ歩く準備だけが進んでいく。



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職員が短く言う。



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「順番に移動します」



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それだけ。



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名前は呼ばれない。



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番号でもない。



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ただ“対象”として扱われる。



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歩き出す。



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靴音が廊下に響く。



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いつもと同じはずの施設が、


今日は少しだけ違って見える。



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壁が遠い。



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床が長い。



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空間が伸びているような錯覚。



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出口へ向かう途中、


窓の外が見えた。



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朝の光。



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薄い青。



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外の世界はもう動き始めている。



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車。



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通勤。



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生活。



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その光景は、


まるで別の時間軸のようだった。



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施設の門が見える。



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そこが境界だった。



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内側と外側。



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だがその境界は、


思ったより静かだった。



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誰も叫ばない。



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誰も止めない。



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ただ通り過ぎるだけ。



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門の向こうに、


車両が停まっている。



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相沢はそこで一度だけ立ち止まる。



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ここから先は、


もう“今までの場所”ではない。



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だが何が変わるのかは分からない。



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罪は変わらない。



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過去も変わらない。



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変わるのは、


ただ環境だけ。



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それでも人は、


その“環境の変化”で生き方を変えざるを得ない。



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乗車。



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扉が閉まる。



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音が鈍く響く。



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外の光が少しだけ遠ざかる。



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車は動き出す。



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相沢は窓の外を見る。



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施設がゆっくり後ろへ流れていく。



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それは、


終わったというより、


“記録として後ろに置かれる感じ”だった。



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新しい場所へ向かう途中、


相沢は思う。



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名前が消える瞬間は、


派手なものではない。



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ただ、


誰にも呼ばれなくなるだけだ。



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そしてその静けさの中で、


人は少しずつ“別の存在”になっていくのだった。

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