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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第22話「線の外側」

数日後。



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相沢は作業場で、


いつもより静かな違和感を感じていた。



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周囲が少し落ち着いている。



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いや、


正確には違う。



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“自分が見られていない”感覚だった。



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誰かの視線。



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職員の動き。



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会話の間。



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それらが、


微妙に自分から外れている。



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昼休み。



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向かいの男が、


いつもより早く食事を終えた。



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立ち上がる時、


一瞬だけ相沢を見る。



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だが、


何も言わない。



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その視線が、


少しだけ引っかかる。



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午後。



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作業中。



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職員の一人が書類を確認しながら話しているのが聞こえる。



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「次の移送、準備できてるか」



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移送。



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その単語で、


空気がわずかに変わる。



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誰のことかは分からない。



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だが、


どこかで“誰かが動く”気配がある。



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夕方。



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作業終了後。



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相沢は呼び出される。



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職員は短く言う。



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「少し話があります」



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面会室ではない。



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小さな説明室。



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机。



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書類。



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そこに座るのは、


いつもの担当職員だった。



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数秒の沈黙。



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そして言う。



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「処遇が一部変更になります」



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相沢は顔を上げる。



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職員は続ける。



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「生活区画が変わります」



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一瞬、


意味が掴めない。



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だがすぐに理解する。



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“場所が変わる”。



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同じ施設の中でも、


区分が違うということだ。



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職員は淡々と続ける。



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「規則上の再分類です」



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再分類。



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まるで物のような言い方だった。



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相沢は尋ねる。



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「理由は」



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職員は少し間を置く。



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「運用上の調整です」



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それ以上は言わない。



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言えないのか、


言わないのか。



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どちらでもいいような沈黙だった。



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説明室を出る。



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廊下。



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相沢は歩きながら考える。



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これは罰の続きなのか。



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それとも整理なのか。



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ただ一つ確かなのは、


自分が“動かされる側”にいるということだった。



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夜。



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荷物整理。



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少ない持ち物。



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布団。



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衣類。



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相沢はそれらをまとめながら、


妙な感覚に気づく。



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ここに来てからずっと、


“変わらないこと”が唯一の安心だった。



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しかし今、


その前提が崩れ始めている。



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場所が変わる。



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扱いが変わる。



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視線が変わる。



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静かに、


線が引き直されている。



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誰も怒鳴らない。



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誰も責めない。



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ただ、


配置だけが変わる。



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それが一番怖い。



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消灯。



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暗闇。



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相沢は布団に横になる。



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天井は同じはずなのに、


少しだけ遠く感じる。



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思う。



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人は罰を受けている間も、


世界の中にいると思っていた。



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だが違う。



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少しずつ、


“線の外側へ移されているだけ”なのかもしれない。



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そして気づいた時には、


もう元の場所はどこにも残っていない。

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