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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第21話「沈黙の面会室」

面会の知らせは突然だった。



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午前作業の途中。



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職員が短く呼ぶ。



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「面会」



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その一言だけで、


相沢の身体がわずかに固まる。



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また誰か来るのか。



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母親か。



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それとも父親か。



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だが今回は違った。



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面会室の椅子に座っていたのは、


知らない中年の男だった。



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スーツ。



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資料袋。



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表情は硬い。



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相沢はすぐに理解する。



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会社関係だ。



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男は少しだけ頭を下げる。



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「お久しぶりです」



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形式的な挨拶。



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だが相沢には、


その“形式”が異様に遠く感じられた。



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男は続ける。



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「今回の件について、社としての整理がつきまして」



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“整理”。



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その言葉が冷たい。



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まるで、


人ではなく案件の話をしているようだった。



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男は書類を机に置く。



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「復職の見込みについてですが」



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相沢は目を上げる。



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復職。



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その単語が一瞬、


現実から浮く。



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だが男はすぐに続ける。



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「現実的には、困難という判断になりました」



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静かだった。



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感情はない。



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ただ事実の報告。



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相沢はしばらく言葉を失う。



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当然だ。



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予想していたはずだった。



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それでも、


“言葉として確定される”と重さが変わる。



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男は視線を逸らしながら言う。



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「形式的な処理としては、退職扱いになります」



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退職。



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事故。



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収監。



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社会からの切断。



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それが一つの文章にまとまる。



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男は少しだけ間を置く。



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「会社としても、被害者側との関係がありますので」



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そこで止まる。



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相沢は理解する。



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自分はもう、


“戻る前提の存在”ではない。



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男は続ける。



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「ただ、個人的には……」



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そこで言葉が止まる。



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個人的には。



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その曖昧さが逆に重い。



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男は結局、


何も言わなかった。



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沈黙が落ちる。



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面会室の時計の音だけが響く。



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相沢はようやく口を開く。



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「……そうですか」



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それだけ。



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それ以上、言葉が出ない。



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怒りでもない。



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悲しみでもない。



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ただ、


“終わった”という感覚だけがある。



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男は書類を片付ける。



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「これで会社としての手続きは以上です」



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最後まで、


丁寧だった。



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だがその丁寧さが、


逆に距離を作っていた。



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面会終了。



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職員に連れられ廊下へ出る。



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足音が響く。



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相沢は思う。



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人は事故で人生を失うのではない。



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その後、


“社会から静かに外されていく過程”で失うのだと。



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房へ戻る。



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布団に座る。



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今日は少しだけ、


空気が重い。



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しかし涙は出ない。



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代わりに、


静かな疲労が残る。



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外ではまだ、


人々が働いている。



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会社があり、


席があり、


名前があり、


役割がある世界。



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そこから、


相沢は正式に外れた。



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夜。



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消灯。



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暗闇。



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相沢は天井を見る。



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名前が消えることは、


思ったより静かだった。



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叫びもなく、


騒ぎもなく、


涙もなく。



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ただ一枚の書類と、


数分の面会で終わる。



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そして人は、


“存在しない側”へ少しずつ移っていく。



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相沢はゆっくり目を閉じる。



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社会から外されるとは、


追放ではない。



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“記録として処理されること”なのだと。

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