第18話「戻れない席」
数日後。
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昼食の時間だった。
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食堂。
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同じ机。
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同じ配置。
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同じ静けさ。
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相沢は黙って味噌汁を飲む。
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その時、
後方の席で小さな笑い声がした。
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ほんの短い声。
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だが、
それだけで空気が少し変わる。
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数人が、
昔のテレビ番組の話をしていた。
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「あの芸人まだ出てんのか」
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「最近見ないな」
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小さな雑談。
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外ならどこにでもある会話。
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しかしここでは珍しい。
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相沢は無意識に耳を傾ける。
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話している男たちは、
少しだけ笑っていた。
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その笑い方を見て、
相沢は妙な感覚になる。
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“普通”だった。
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犯罪者とか、
受刑者とか、
そういう前に、
ただの人間の笑い方だった。
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その瞬間、
相沢の頭に昔の光景が浮かぶ。
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会社の休憩所。
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コンビニ飯。
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どうでもいい雑談。
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上司の愚痴。
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テレビの話。
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何も特別じゃない時間。
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だが今思えば、
あれは“社会の席”だった。
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誰かと同じ空間にいて、
同じ話題を共有して、
次の日も続く前提で笑う。
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その席に、
自分はもう戻れない。
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午後。
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作業。
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手を動かしながらも、
相沢はずっと考えていた。
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もし出所できたとして。
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また誰かと、
普通に雑談できるのだろうか。
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事故の話を知らない相手なら可能かもしれない。
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だが自分自身が、
もう“普通の側”へ戻れる気がしない。
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事故を起こした人間として、
どこかで一線を引き続ける気がする。
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夕方。
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移動中、
窓の外に学生たちが見えた。
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制服。
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笑い声。
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スマホ。
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その集団の中で、
一人がふざけて肩をぶつける。
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周囲が笑う。
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それだけ。
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何でもない光景。
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だが相沢には、
その“何でもなさ”が異常に遠かった。
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房へ戻る。
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布団に座る。
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今日聞いた笑い声が、
頭に残っている。
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楽しそうだった。
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けれど同時に、
どこか怖かった。
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自分はもう、
あの空気の中に自然に入れない気がしたからだ。
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事故前なら、
何も考えず笑えていた。
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しかし今は違う。
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笑う前に、
“自分にはその資格があるのか”を考えてしまう。
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夜。
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消灯。
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暗闇。
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相沢は天井を見る。
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ここへ来てから、
色々失った。
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自由。
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時間。
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未来。
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だが今日初めて、
別のものも失っていたと気づく。
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“誰かと同じ側にいる感覚”。
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外では、
人が自然に笑う。
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会話する。
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予定を立てる。
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その輪の中に、
昔の自分はいた。
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しかし今は違う。
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戻れたとしても、
もう以前と同じ席には座れない。
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相沢は静かに目を閉じる。
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人は罰を受けると、
社会から離される。
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だが本当に遠くなるのは、
“普通の会話に混ざれる感覚”なのかもしれなかった。




