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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第18話「戻れない席」

数日後。



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昼食の時間だった。



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食堂。



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同じ机。



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同じ配置。



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同じ静けさ。



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相沢は黙って味噌汁を飲む。



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その時、


後方の席で小さな笑い声がした。



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ほんの短い声。



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だが、


それだけで空気が少し変わる。



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数人が、


昔のテレビ番組の話をしていた。



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「あの芸人まだ出てんのか」



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「最近見ないな」



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小さな雑談。



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外ならどこにでもある会話。



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しかしここでは珍しい。



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相沢は無意識に耳を傾ける。



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話している男たちは、


少しだけ笑っていた。



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その笑い方を見て、


相沢は妙な感覚になる。



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“普通”だった。



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犯罪者とか、


受刑者とか、


そういう前に、


ただの人間の笑い方だった。



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その瞬間、


相沢の頭に昔の光景が浮かぶ。



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会社の休憩所。



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コンビニ飯。



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どうでもいい雑談。



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上司の愚痴。



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テレビの話。



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何も特別じゃない時間。



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だが今思えば、


あれは“社会の席”だった。



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誰かと同じ空間にいて、


同じ話題を共有して、


次の日も続く前提で笑う。



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その席に、


自分はもう戻れない。



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午後。



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作業。



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手を動かしながらも、


相沢はずっと考えていた。



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もし出所できたとして。



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また誰かと、


普通に雑談できるのだろうか。



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事故の話を知らない相手なら可能かもしれない。



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だが自分自身が、


もう“普通の側”へ戻れる気がしない。



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事故を起こした人間として、


どこかで一線を引き続ける気がする。



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夕方。



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移動中、


窓の外に学生たちが見えた。



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制服。



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笑い声。



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スマホ。



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その集団の中で、


一人がふざけて肩をぶつける。



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周囲が笑う。



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それだけ。



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何でもない光景。



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だが相沢には、


その“何でもなさ”が異常に遠かった。



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房へ戻る。



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布団に座る。



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今日聞いた笑い声が、


頭に残っている。



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楽しそうだった。



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けれど同時に、


どこか怖かった。



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自分はもう、


あの空気の中に自然に入れない気がしたからだ。



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事故前なら、


何も考えず笑えていた。



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しかし今は違う。



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笑う前に、


“自分にはその資格があるのか”を考えてしまう。



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夜。



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消灯。



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暗闇。



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相沢は天井を見る。



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ここへ来てから、


色々失った。



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自由。



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時間。



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未来。



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だが今日初めて、


別のものも失っていたと気づく。



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“誰かと同じ側にいる感覚”。



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外では、


人が自然に笑う。



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会話する。



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予定を立てる。



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その輪の中に、


昔の自分はいた。



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しかし今は違う。



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戻れたとしても、


もう以前と同じ席には座れない。



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相沢は静かに目を閉じる。



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人は罰を受けると、


社会から離される。



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だが本当に遠くなるのは、


“普通の会話に混ざれる感覚”なのかもしれなかった。

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