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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第3章 「収監された朝」

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第17話「外で進む誕生日」

朝。



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点呼。



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返事。



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移動。



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いつもと同じ流れ。



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だが食堂へ向かう途中、


相沢は職員の会話を偶然聞く。



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「今日は暑いな」



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「六月入ったからな」



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六月。



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その言葉で、


相沢は足を止めかける。



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六月。



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頭の中で日付を数える。



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そして気づく。



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来週、


妹の誕生日だった。



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その瞬間、


妙に胸が重くなる。



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事故前なら、


毎年簡単なメッセージを送っていた。



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「おめでとう」



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「また飯でも行こう」



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それだけ。



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だが、


それが自然にできていた。



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今は違う。



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今年、


妹はどんな気持ちで誕生日を迎えるのだろう。



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“兄が収監されている状態”で。



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午前作業。



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分類。



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確認。



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整理。



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相沢は作業を続ける。



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しかし頭の中では、


昔の家の風景が流れていた。



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小さい頃の誕生日。



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ケーキ。



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母親の料理。



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父親のぎこちない笑顔。



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妹は昔から、


ロウソクを消す前に願い事を長く考えるタイプだった。



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相沢は毎回、


「早くしろよ」と笑っていた。



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そんな小さな記憶。



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今思い返すと、


異常なほど遠い。



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昼休み。



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向かいの男が、


珍しくテレビの話をしていた。



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「もう夏の特番やってたぞ」



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季節は進んでいる。



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テレビも。



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街も。



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人も。



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誕生日も来る。



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だがここでは、


そういう節目が薄い。



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記念日が、


管理された日常に埋もれていく。



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午後。



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作業をしながら、


相沢は妹のことを考える。



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最後に会ったのは裁判の前だった。



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妹は泣かなかった。



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ただ、


ずっと下を向いていた。



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「体だけは気をつけて」



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それだけ言った。



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責めなかった。



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怒鳴らなかった。



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その優しさが、


逆につらかった。



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夕方。



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房へ戻る。



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布団に座る。



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相沢はふと思う。



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今年の誕生日、


妹は誰と過ごすのだろう。



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友達。



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恋人。



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家族。



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そこに自分はいない。



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当然だ。



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だが、


“家族の時間から外れていく感覚”は、


思った以上に重かった。



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夜。



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消灯前。



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相沢は小さな紙を取り出す。



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メモ用紙。



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そこに短く書く。



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> 誕生日おめでとう。





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それだけ。



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続きが書けない。



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「ごめん」



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「会えなくて」



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「来年は」



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どの言葉も、


軽く見えてしまう。



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結局、


紙は途中で止まる。



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相沢はそれを折り畳む。



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送るかどうかも分からない。



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だが、


何も書かないよりは、


まだ“兄”でいられる気がした。



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消灯。



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暗闇。



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相沢は天井を見る。



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外では来週、


妹が年を重ねる。



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ケーキを食べるかもしれない。



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笑うかもしれない。



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写真を撮るかもしれない。



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その時間の中に、


自分はいない。



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そしてその“不在”に、


周囲は少しずつ慣れていく。



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相沢は静かに目を閉じる。



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収監とは、


閉じ込められることだけじゃない。



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“誰かの人生の行事から消えていくこと”でもあるのだと。

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