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『残響の夜に、断れなかった』  作者: こうた
第1章 「いつもの席」

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第7話「始発より遅い判断」

ラーメン屋を出た頃には、空の色が少しだけ変わっていた。


黒だった夜が、濁った青に変わり始めている。



---


朝が近い。



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本来なら、とっくに帰って寝ている時間だった。



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相沢は歩きながら、何度も瞬きをする。


視界がぼやける。


頭の奥が重い。



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酒。


眠気。


疲労。


全部が混ざっている。



---


それでも、周囲はまだ終わる気配がない。



---


「どうする? まだいける?」


健が笑いながら言う。



---


「お前元気すぎるだろ……」


翔が笑う。



---


「逆に今からテンション上がる時間な」


隆がタバコに火をつける。



---


相沢は、その会話を少し離れた場所で聞いていた。



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“何やってるんだろ”



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頭のどこかで、冷静な声がする。



---


朝7時には会社へ向かう準備をしていないといけない。


安全確認。


朝礼。


現場立会い。



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しかも今日は上司が来る日だった。



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“酒残して来るなよ”



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先週も言われた。


その前も。



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何度も。



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それでも、また同じことをしている。



---


「相沢?」


隆の声で現実に戻る。



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「お前どうする?」



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その質問の意味は分かっている。


“まだ行くか”


それだけだ。



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相沢は口を開く。



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「……俺、さすがに」



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そこまで言った瞬間。



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健が笑う。



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「え、帰るの?」



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またその空気。



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直樹が肩をすくめる。


「今さら?」



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翔も笑う。


「ここまで来たら朝まで同じだろ」



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“朝まで同じ”



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その言葉が妙に頭に残る。



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確かに、もうここまで来たら少し帰るのが早くなったところで変わらない気がする。



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もう十分飲んでいる。



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もう十分眠い。



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もう十分アウトだ。



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だったら。



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“少しだけ”



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その考えが、判断を壊していく。



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相沢は何も言えなくなる。



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「な?」


健が笑いながら肩を組む。



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酒臭い息が近い。



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「まだ終わってねぇよ」



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終わっていない。



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いや。


終わらせられない。



---


相沢は小さく息を吐く。



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「……少しだけな」



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その瞬間、全員が笑う。



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「ほらな」


「相沢は帰らないと思った」


「昔からそう」



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昔から。



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その言葉が刺さる。



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高校の頃から。


20代の頃から。



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“断らない奴”



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それが自分の役割だった。



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気づけば、それ以外の生き方が分からなくなっている。



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歩き出す。



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始発電車の音が遠くで聞こえる。



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駅へ向かう人たちがいる。


仕事へ向かう人たちがいる。



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普通の朝が始まりかけている。



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その横を、


酒臭い男たちが笑いながら歩いていく。



---


相沢は、その光景をぼんやり見ながら思う。



---


“俺だけ、時間止まってるみたいだな”



---


だが、その考えを口にする相手はここにはいない。



---


誰も止まらない。



---


だから夜も終わらない。



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