第6話「朝までなら、もう同じ」
カラオケを出た時、空気の温度が少し変わっていた。
夜の冷たさではない。
朝前特有の、湿った静けさ。
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相沢は目を細める。
視界が少し白い。
酒が回っているのか、眠気なのか、自分でも分からない。
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「腹減ったな」
翔が伸びをしながら言う。
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「ラーメン行く?」
健が笑う。
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「いいな、それ」
隆が即答する。
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流れが止まらない。
誰も「帰る」を挟まない。
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相沢は少し後ろを歩く。
足元が重い。
だが、一人だけ逆方向へ向かう勇気もない。
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店のネオンが減り始めている。
閉店準備をしている居酒屋。
酔いつぶれて座り込む若者。
始発待ちの人間。
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街は“終わり”に向かっている。
それなのに、自分たちはまだ続けている。
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ラーメン屋は24時間営業だった。
油とスープの匂いが強い。
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「相沢、食える?」
隆が笑う。
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「……まあ」
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本当は食欲なんてない。
胃はずっと重い。
だが、ここで「いらない」と言う空気でもない。
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全員が席につく。
水が置かれる。
誰かがまたビールを頼む。
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相沢は一瞬、その言葉を聞き間違えたかと思った。
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「まだ飲むの?」
思わず口から漏れそうになる。
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だが、実際には何も言わない。
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「ラーメンにビール最高だろ」
健が笑う。
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「朝までコース確定だな」
翔も笑う。
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その笑い声を聞きながら、相沢はふと時計を見る。
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4時48分。
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数字だけが現実的だった。
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「やば……」
小さく漏れる。
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明日の現場。
朝礼。
点検。
上司の顔。
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頭に浮かぶ。
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“酒残ってるだろ”
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何度も言われた言葉。
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それでも、今ここにいる。
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「どうした?」
直樹が聞く。
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「いや……時間」
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「まだ朝じゃねえよ」
健が笑う。
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“まだ”
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その感覚が、もう壊れている。
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相沢はラーメンを口に運ぶ。
味が薄い。
舌が鈍っている。
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その時、スマホが震える。
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会社の後輩からだった。
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『明日の資料って修正入りました?』
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現実の通知。
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一気に酔いが戻る。
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相沢は画面を見たまま止まる。
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周りでは笑い声。
競馬の話。
昔話。
誰が潰れたとか、誰が逃げたとか。
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いつもと同じ会話。
何年も変わらない会話。
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ふと相沢は思う。
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“俺、このまま何年続くんだろう”
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だが、その考えも長く続かない。
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「相沢、止まってるぞ」
隆が笑う。
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「飲み足りてねぇんじゃね?」
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またグラスが置かれる。
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断ればいい。
本当はそれだけだ。
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でも、その一言が出ない。
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“ここで断ったら、空気が止まる”
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その恐怖の方が強い。
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相沢は小さく笑う。
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「……飲むよ」
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またグラスを持つ。
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その瞬間、
“帰宅”という感覚が完全に崩れ始めていた。
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