第5話「崩れ始める帰宅感覚」
店を出たあとも、流れは止まらなかった。
むしろ外に出てからの方が、決断は曖昧になる。
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「次、どうする?」
誰かが当然のように言う。
相沢は一瞬、空を見上げる。
夜はまだ濃い。だが時計の感覚はもう意味を持っていない。
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「カラオケ行くか、それとももう一軒か」
健がスマホを見ながら笑う。
選択肢のようで、選択肢ではない。
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相沢は口を開きかけてやめる。
「帰る」という単語が頭に浮かぶ。
だが、それを言う場面ではないと、体が先に判断している。
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「相沢は?」
隆が聞く。
その一言で、また中心に戻される。
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一瞬の沈黙。
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相沢は軽く笑う。
「どっちでもいいよ」
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その言葉が落ちた瞬間、方向は決まる。
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「じゃあ行くか」
誰かが言う。
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カラオケの明かりは妙に眩しい。
室内に入ると、時間がさらに曖昧になる。
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音が大きくなる。
笑い声が重なる。
グラスがまた配られる。
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「とりあえず歌えよ」
健がマイクを渡す。
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相沢は受け取る。
だが歌詞はほとんど頭に入ってこない。
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声を出しているだけの時間。
それでも周りは盛り上がる。
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「いけるじゃん」
「まだまだいけるな」
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その“いける”という評価が、少しずつ身体を押してくる。
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相沢はふと気づく。
さっき店を出たはずなのに、まだ終わっていない。
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終わりの基準が消えている。
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「次どうする?」
またその言葉。
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もう何回目か分からない“次”。
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時計を見る。
だが、意味がない。
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「朝までいくか?」
誰かが冗談のように言う。
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冗談のはずなのに、誰も否定しない。
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相沢はグラスを見ている。
手が少し重い。
頭の奥がぼんやりしている。
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「明日仕事だろ」
一瞬、理性が顔を出す。
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だがその言葉はすぐに流される。
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「大丈夫だろ」
「いつも通りだし」
「少しくらい平気だって」
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“いつも通り”
その言葉が、判断を消していく。
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気づけば時間はかなり進んでいる。
カラオケの明かりは変わらないのに、体だけが疲れていく。
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相沢はスマホを取り出す。
画面が少し揺れる。
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母からのメッセージ。
「まだ帰らないの?」
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既読にする。
返さない。
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「相沢、次どうする?」
また聞かれる。
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もう“帰る”という選択肢は、頭の中にあっても言葉にならない。
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「……まあ、任せるわ」
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その一言でまた流れが決まる。
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誰も止めない夜が、少しずつ朝に近づいていることに、まだ誰も気づいていない。
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